キュウカは、サッペンハイム公爵の人柄とその言葉に、一片の偽りの無い事を見て取ると、仲間達を説得して、公爵に降ります。
約束通りに赦免されたキュウカ達は、公爵の臣として戦い、公領の乱れを見事に鎮めました。
その功績によって、領内の三郡を与えられたキュウカは、先ず領内の街道を整備し、更に街道の要所に警備の兵を置くとことで治安を向上させます。
そして、領土の南北の港を活用し、物品の流通を盛んにして、商いを充実させました。
加えて、一年を通して領内の気候が温暖である事を活かし、キュウカは、領内の人々に年二期の農事を奨励しました。
キュウカの統治により、元よりの領民は豊かな暮らしを得、流民となった者達を受け入れ仕事を与える事で更なる租税が集められる様になります。
そのキュウカの統治の影響は、サッペンハイム領全体を栄えさせていきました。
しかし、そんな、サッペンハイムの発展を快く思わず、更には、それによって王国内に於ける自分達の地位が危うくされる事を恐れた一部の貴族達が、主である王女を欺き、公爵に叛乱の企み在りと偽って、処刑しようと計りました。
自らの名誉と、領内に暮らす者達の平穏の為に、本国サ・ルサリアの王都へと赴き、主に弁明しようとする公爵を説得し、キュウカは、自らの親衛騎のみを率いて、王都への道を切り開く戦いに臨みます。
企みを成就する為に、兵を率い待ち伏せしていた貴族・諸侯は、公爵の先陣として兵を率いて現れたキュウカの存在に、公爵の叛意の証しになると大いに喜びました。
キュウカは、敵の存在を察知すると、声高々に名乗りを上げて、相手に対し、兵を退け道を開けることを求めます。
それを聞いた諸侯達は、キュウカの兵が少ない事を侮り、一気に蹴散らそうと問答無用に襲い掛かってきました。
それを見て取ったキュウカは、公爵の臣として、主を護る事の正義を示すと宣言すると敵を迎え撃ち、大いにこれを討ち破ります。
初戦を制せられて、焦り攻めて来る諸侯の軍を次々に打ち破り、見事に国都まで至ったキュウカは、そのまま王城に入ると、その門前に親衛騎を止め、副将のサイフォンと数十名の護衛のみを引き連れて、王女へと謁見します。
そして、その場で、何の証しも無いままに、国の第一の臣下であるサッペンハイム公に対し、兵を差し向けた貴族達の非礼を糾弾すると共に、それを許した王女とその後見役たる者達の咎を責めました。更にキュウカは、王女に対し、一国を担う主として、誰をその助けとして信じ頼りとするべきか真に見極める事を諫言しました。
キュウカは、告げるべきは全て告げたと判断すると、王女に対し、この度の国都への出陣は全て自らの一存である事を告げ、国内に混乱を招いた責を負って公領にて謹慎するべく、兵を退いて領土の居城へと戻りました。
王女は、サッペンハイム公が、自らの身の潔白と共に、キュウカの行いの弁明を訴えると、この度の争いは公爵と貴族達の両者が国を憂えたが故として、全てを不問とする形でことを治めました。
そして、公爵を王国第一の臣下にして、自らの後見を第一に果たすべき者として、王城に集った臣下一同の前に宣言を下しました。
その宣言により、公爵が王都に止められると、キュウカは、公爵の求めにより、公領における政治を代わって執り行う役目を担います。
公爵の代理となったキュウカですが、その行いは地位に驕ることなく、公に在っては礼節を重んじ、私に在っては他者を身分などで差別することなく、その才を認めれば、それが浮浪や無頼の徒であろうとも親しく交わりました。
特に、私事においては、相手に学ぶ事あれば、師を仰ぐが如く深い礼を以って接しました。
又、公事においても、他者が罪を犯しこれを裁く事があると、必ずその罪を犯した理由を問い、それに対し情けを掛ける事を忘れませんでした。
それ故に、彼に対し、深い恨みを懐く者は少なく、むしろ皆、畏敬を以って彼に報いました。
彼がサッペンハイムの執政を代理して二年の後、サ・ルサリア全土を天候不順の害による飢餓が襲いました。
この時、自らの務めの他に農作物の育成を研究していたキュウカは、その治める領郡に奨励していた作物によって、その被害を最少に止め、更には、日頃の公領に於ける蓄えの豊かさによって、難を得ずにすみました。
しかし、サ・ルサリア本国に於ける被害は甚大でありながら、貴族達の多くが領民をその餓えの苦しみから救う事を行おうとはしませんでした。
キュウカは、飢餓に喘ぐ民の苦しみを見るに忍びず、公爵に公領の蓄えを以って、それを救済する許しを求め、加えて自らの私財を以って人々に施そうとします。
この行いを愚かと嘲笑う貴族達の声も気にせずキュウカは、公爵の許しを得て授かった分を加えた財を惜しみなく費やして、食糧を買い集めて広く国土の人々に分け与えました。
それでも尚、飢餓によって生命を落す者はありましたが、助けられた人々は大いにキュウカへと感謝をしました。
嘗て、南海の小群島国に真なる自由に培われた理想郷を創らんとして戦った一人の英雄が居りました。 その名は、キュウカ。 自らを隠号して、『至聖』と名乗る。 その生涯に於いて、戦場に身を置き勝敗を求める事、大小を合わせて六十余度、その内に敗れる事は唯一度という類い希なる将器を誇る。 彼を良く知る者、その戦場に於ける振る舞いを讃えて《軍神》と呼び、大いに畏敬する。 彼の者、何も持たざる身に始まり、遂には、他者の遠く及ばぬその偉業を以って、その声望は、一万年の後に及んでこれに並ぶ者無き人世の真なる王者と讃えられるに至った。
2 件のコメント:
補註・『貴族・諸侯との戦いについて』
この時、キュウカが率いた親衛騎は、サイフォンを始めとする憂国の志しを抱いて集った若者達より選び出された精鋭揃いであった。
彼等は、サッペンハイム公領内における賊徒討伐に活躍した百戦錬磨の兵たちであり、何よりもキュウカを信頼していた。
キュウカは、副将であるサイフォンに半分の兵を預け、自身が残りの兵を率いて敵の左右を交互に攻める戦術を用います。
疾風の如き鋭さで迫り、雷轟の如き激しさで襲い掛かるキュウカとサイフォンの連携攻撃によって、敵軍の兵達は驚き浮き足立ちました。
その味方に倍する数の敵を相手に一歩も引かぬ戦い振りを可能にしたのが、キュウカに率いられる兵達が培った戦いの経験(練兵の程)と高い士気である事は自明の理である。
補註・『公領の執政時に於けるキュウカの振る舞いについて』
キュウカは、公の務めを果たした後に身分を隠し市街で酒肴を楽しむ事を何よりの歓びとしていた。
その時、酒の席を共にする者達から政治に対する言葉を聴くことを自身への諌めとした。
大公の代理を果たす身分でありながら、市井に身を寄せるそのキュウカの姿を見た衆人は、彼の人柄を理解するとこぞって自分達の苦しみを語るようになりました。
キュウカは、その言葉を肴にして酒盃を重ねるので、時に足取りが乱れる程に酔うこともあったが、人々はそれを彼の篤実なることの現れだと大いに親しみを抱きました。
又、キュウカは、領内の巡察を行う時には、供の者を連れずに自身のみで行いました。
そして、その時に、飛ぶ鳥を飛礫で射止める名手など様々な一芸を持つ人物を見つけては親しく交わりを結びました。
コメントを投稿