その見事なる采配を以って、次々に砦城を陥落させていくキュウカ軍の進軍に、それまで侮っていた連合国も徐々に焦りを抱くようになっていきます。
そして、盟主国の招集によって再び行われた会盟の場で、キュウカ軍に対する抗戦の軍が編成されました。
アタウも又、それを率いる諸将の一人としてその戦いに参軍する事となります。
北上し進軍を続けるキュウカ軍2万に対し、それを迎い討たんとする連合国軍は5万余と、その数を倍する兵力で事に当たります。
遂に本気となった連合国軍の大軍を前に、キュウカは、『戦の勝敗を決するのは、兵の数では無い』と、周囲の諸将に対し笑って嘯きました。
その大言に違わず、敵軍と対峙し睨み合うキュウカの表情には、微塵の恐れも在りませんでした。
愈々、全軍を以ってぶつかり合う両軍。
その戦いの中、数で劣るキュウカ軍は、徐々に連合国軍の猛攻によって圧され始めます。
じりじりと後退していくキュウカ軍を、連合国軍は更なる勢いを以って圧して行きます。
連合国の諸将達がその勝利を疑わぬ中、唯一人、アタウのみが戦いの展開に違和感を抱きます。
そのキュウカ軍の精彩に欠ける戦い振りを訝り警戒するアタウの危惧を嘲笑い、連合国軍の諸将は、手柄を争い我先にと攻め掛かっていきました。
圧されながらも巧みの凌ぎ続けるキュウカ軍、それを切り崩そうと躍起に攻め続ける連合国軍。
その両軍の攻防が繰り広げられる最中、アタウは、自らが抱く違和感の正体を求め、その智謀の粋を尽くして戦いの大局を計ります。
アタウが自軍の戦う周囲に目を向ければ、其処は、左右を深き森林に挟まれた場所であり、それは伏兵を潜ませるのに絶好の地形でした。
伏兵の存在とそれによる奇襲を警戒し、主将へと慎重なる進軍を急ぎ進言するアタウ。
それを軽く聞き流そうとする主将の耳に、配下の兵よりキュウカ軍の伏兵を見つけ、それを退けたという伝令が齎されます。
その状況を具に確認したアタウは、伏兵の引き際の良さに危惧を覚えると、急ぎ斥候を出して、周囲に更なる伏兵の存在が無いか探らせるべきだと進言しますが、主将は、アタウの懸念を臆病と嘲り一笑に付して聞き入れませんでした。
敵軍の覇気に欠ける戦い振り、伏兵の余りに潔すぎる撤退、そして、常ならば必ず自らが前線に進み出でて戦うキュウカの姿を見ぬ事。
それら戦況の多くに違和感を抱き怪訝に思わずに居られないアタウの脳裏に、それに対する答えとなる一つの可能性が浮かび上がります。
そして、アタウは、それを確かめるべく急ぎ戦場の地理に詳しい者を呼びます。
その者に、これから進軍を続けた先の地形について詳しく訊いたアタウは、キュウカが計った策謀によって自分達が死地へと誘われた事を知り、大いに恐れと焦りを抱きました。
キュウカの策謀を防ぐべく、何とか全軍を押し止めようとするアタウですが、主将を始め諸将達も自らの窮地を理解せず、功績を求めて進軍を続けます。
その様子に、戦いの勝敗が決した事を悟ったアタウは、味方の壊滅を避けるべく、キュウカが計る最後の一手を阻止する為、配下の兵を率いて自軍の後駆けへと走りました。
連合国軍の攻撃によって、それでまでじりじりと後退を続けて来たキュウカ軍でしたが、左右を切り立った崖に挟まれた山岳の谷間を抜け、その先にある盆地まで至ると突如として反撃に転じます。
開けた広大なる地形を活かし、見事に整った布陣を以って構えるキュウカ軍の様相を目の当たりにして、連合国軍の将兵達は、アタウの言の通り自分達が死地に誘い込まれた事を知りました。
その軍の指揮を執るのは、義勇兵の練兵を果し参戦した名将・ウリョウ。
左翼にディフ、右翼にヒユウの勇猛なる双将の率いる隊と後詰にフィラムを支え続けた剛力無双にして熟練の宿将・ラズウィルの一隊が備える陣構えを前に、連合国軍はこれを破って前に進む事も適わず、背後の隘路によって容易に退く事も適わず、大いに浮き足立ちます。
更には、先刻退いたと見せて尚森林の奥に潜み続けていたキョウナ・リレイの率いる伏兵によって、左右からその両腹を奇襲された連合国軍は、将兵尽く大混乱に陥り戦意を喪失して敗走を始めました。
我先にと争い逃げようとする連合国軍の将兵、その退路を陰の如く背後に忍び隠れていたキュウカ・サイフォンの率いる一軍が断ちます。
天を裂き轟く雷の如く連合国軍へと襲い掛かるキュウカ達の一軍の前に、アタウ率いる一軍が割って入ります。
キュウカは、アタウの率いる将兵の士気の高さを見て取ると、直ぐに兵を退けて塞いだ敵軍の退路の一端を大きく開きました。
それを好機と見て撤退を計る味方の兵をアタウは一喝して押し止めます。
『退路を断った敵軍がその逃げ道を開くのは、死地に生を得て気の緩んだ我等の背後を衝いて、味方を損なう事無く勝利を確実にする為。これより、敵の一翼を強襲し、その囲みの一端を破る。生きてこの死地を切り抜けたいと望む者は、私を信じてこれに続け!今こそ、我等の真なる裕貴が試される時だ!』
アタウは、大きく叫んで味方を鼓舞すると、自ら先陣を切ってサイフォンの本隊へと突撃を掛ける為、乗騎を走らせました。
それに配下の将兵が続き、更には、連合国軍の将兵の一部が続きます。
アタウの反撃に虚を衝かれる形となったサイフォンの本隊とアタウに従う一軍の間に透かさずキュウカとその親衛騎が割って入ります。
『その采配や、見事!されど、戦いの大局は既に決している。貴殿の勇気も一時の猶予を得るに如かず。無駄に死に急ぐな!』
『千の味方を救うのに、自らの生命の一つで済むなら安きもの。将として今更、戦場に於ける死を恐れはしない!』
『その言、正に名将の心構え!その将器を讃えて、戦場の誉を譲ろう』
キュウカは、そう言い放つと、サイフォンと自らの兵達を後方へと退かせます。
下されたその決断に、キュウカ配下の将兵は勿論の事、アタウ自身も又、大いに驚きました。
アタウに纏められて開かれた退路を行く敗残の敵兵達を見詰めながら、サイフォンは、キュウカへと自らの失態を恥じます。
そして、キュウカに本当に、連合国軍を見逃して良いのかを問います。
それに対しキュウカは、アタウこそが嘗てサッペンハイムの地を侵した連合国軍の撤退の殿を見事に果した存在に違いないと語り、更には、唯一言の叱咤を以って敗残の味方を立て直し纏め上げたその統率力を讃えました。
『彼の者は、囲む敵の備えの薄き所を攻めるという兵法の常道を知りながら、敢えて、こちらの備えの厚き所を攻める奇策によって、死地に生を得るというその奥義を示した。その采配は臨機応変にして、妙なること畏怖に値する。それを知りながら、お前という百年にも得難き偉才の将を失う危険を求める愚を冒す訳にはいくまい。それに、彼の者の生命、この様な形で失うのは、余りにも惜し過ぎる』
キュウカはそう言って不敵に笑いました。
一方、アタウも又、キュウカの神懸かり的な知略による采配と、その味方の大勝に驕る事無き冷静さに、《軍神》の異名が伊達では無い事を深く思い知らされていました。
勝って自軍に帰還したキュウカは、アタウの存在にこれから先の東大陸攻略の難を考えると、その術を計り直す為、進軍を止めて駐屯し、これまでに攻略した領郡を慰撫します。
始めはキュウカ達サッペンハイムの将兵を侵略者と警戒していた東大陸の領民達ですが、彼等の徹底された軍紀とそれによる治安の確かさに、段々とその存在を受け入れていきました。
駐屯から一ヶ月余の日々が過ぎた頃、東大陸南郡の西の地方にある領郡の至る所で、キュウカ軍に備える為という名目で略奪行為が連合国軍の兵によって行われているという報せが、シェーリーに従う間諜よりキュウカへと齎されました。
それを聴いたキュウカは、自分達の進攻が原因で起こったその事態を収拾するべく、ウリョウに護りの全権を委ね、将兵を率いて賊軍の討伐に赴きます。
キュウカは、敵の抵抗を退け混乱を鎮めると、更に、自軍の糧秣の一部を割いてそれを略奪の被害者達へと与えて救済を図ります。
そのキュウカの行為と統治下の郡領に於ける彼の様々な振る舞いを聞き及んで、西の郡領に住まう豪族達や集落の長達の多くが帰順を求めます。
キュウカは、これを喜んで受け入れると、宿将・ラズウィルとその盟友にして亡き大公の遺臣であるガルズに統治と守護の任を委ね、駐屯地へと帰還しました。
連合国軍が敗戦の恥辱を雪ぐべくその準備を整えている事を聞き及んだキュウカは、それを迎え撃つべく諸将を率い、駐屯地より討って出ます。
それに対し連合国軍は、先の一戦で敗残の兵を纏め見事な帰還を果したアタウの名声を利用する事を図り、彼を副将に任じて、キュウカ討伐の命を下しました。
それを受けてアタウは、キュウカがその振る舞いを以って、東大陸南郡に於ける領郡の多くを帰順させ、その統治下に収めるに至った事を理由に、再び、彼等サッペンハイム軍との和睦を計る事を進言しますが、領郡を失い逃れ落ちていた諸侯・貴族達の反対によって退けられてしまいます。
更には、その忠誠を疑われるまでに至ると、アタウは、自らの一族妻子と領民達への危難を恐れ、キュウカとの戦いに臨む道を選びました。
互いにその卓越した将器を讃え合うキュウカとアタウ、その両者は、非情なる宿命を背負い、一軍の将として、運命の戦場に相見える事となりました。
嘗て、南海の小群島国に真なる自由に培われた理想郷を創らんとして戦った一人の英雄が居りました。 その名は、キュウカ。 自らを隠号して、『至聖』と名乗る。 その生涯に於いて、戦場に身を置き勝敗を求める事、大小を合わせて六十余度、その内に敗れる事は唯一度という類い希なる将器を誇る。 彼を良く知る者、その戦場に於ける振る舞いを讃えて《軍神》と呼び、大いに畏敬する。 彼の者、何も持たざる身に始まり、遂には、他者の遠く及ばぬその偉業を以って、その声望は、一万年の後に及んでこれに並ぶ者無き人世の真なる王者と讃えられるに至った。
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