嘗て、南海の小群島国に真なる自由に培われた理想郷を創らんとして戦った一人の英雄が居りました。 その名は、キュウカ。 自らを隠号して、『至聖』と名乗る。 その生涯に於いて、戦場に身を置き勝敗を求める事、大小を合わせて六十余度、その内に敗れる事は唯一度という類い希なる将器を誇る。 彼を良く知る者、その戦場に於ける振る舞いを讃えて《軍神》と呼び、大いに畏敬する。 彼の者、何も持たざる身に始まり、遂には、他者の遠く及ばぬその偉業を以って、その声望は、一万年の後に及んでこれに並ぶ者無き人世の真なる王者と讃えられるに至った。

2007年12月8日土曜日

軍神記‐叙伝‐第二話

師・リアの許、穏やかに暮らす日々を過ごすキュウカですが、ある時、彼が身を置く公国に、一つの変事が起こります。
それは、嘗て、現国王・ナシカと王位を競い、今は領主の地位にある人物の反乱でした。
彼の領主は、自領の豪族や有力者の子弟を人質にとって自分に従わせ、その治める城に立て篭もり、王へと反逆の刃を突きつけます。
臣下の生命を重んじるナシカ王は、相手の城を囲みますが、それ以上の攻撃を仕掛ける事を憚りました。
それを聞き及んだキュウカは、コウショウの恩に報いるためにも、師の戒めに逆らい、密かに単独で城に潜り込みます。
そこで自分と同じように人質を助けようと考え、仲間と共に場内へと忍び込んでいたナシカ王の子であるカムサの姿をみつけると、彼の存在を利用して人質を見張っている兵士達をそこから引き離す為の囮にする策を考えました。
見張りの兵士達は、公子であるカムサを捕らえれば褒美は望みのままだというキュウカの言葉に誘われて、数人を残していなくなります。
その残された者達にも、手柄を譲っても損をするだけだと功名心を煽り、更に自分が見張っておくので見返りを約束してくれと言って欺きました。
そして、見張りに残った最後の二人が油断しているところを倒し、人質達を解き放ちました。
キュウカは、助けた人質達に城門近くで身を潜ませると、カムサ達が人質を連れて逃げたと叫び、敵兵を引き摺りまわして、無事に脱出させました。
人質が解き放たれた事により、反乱軍は瓦解し、鎮圧される事となります。
キュウカは、師に逆らっての自分の行いを隠すため、助けた人々に自分の存在を口止めし、庵に帰りました。
しかし、その行いの全てを隠す事など叶うはずも無く、コウショウとそして、その主のナシカ王の知る所となります。
ナシカ王も又、キュウカの人物を気に入り、遂には息子である公子・カムサと彼を友として親しく交わらせます。
カムサも、キュウカの非凡なる才と、何よりもその人柄を気に入り、二人は良き友として親交を深めていきました。
良き師や良き親友と廻り逢い、心落ち着く日々を過ごすキュウカでしたが、その師・リアとの別れを迎える事となります。
それは、師であるリアの病に始まり、二人は永遠の別離を迎えました。
亡き師の喪に服すキュウカを励まし支えたのが、親友であるカムサや後見人となったコウショウの存在でした。
しかし、師の喪が明けた後も、キュウカの心が晴れることは無く、彼は自らの庵に籠もり、書を読み耽る隠遁の日々を過ごしました。
亡き師が望んだように、隠者として隠遁するキュウカですが、変転となる大事が彼の身の回りに起こります。
それは、彼が身を置く公国にとっての盟主国に生じた、皇太国(皇帝の義父)による皇帝暗殺未遂に端を発する内乱でした。
その大難に備える為の皇帝からの招聘による国都への出師に際し、病を得ていたナシカ王は、自らの王位を公子であるカムサに譲り、その助けとなる事をキュウカに望みました。
親友たるカムサとの縁と、ナシカ達の恩に報いる為、キュウカはその想いに従い、出仕を受け入れます。
しかし、そんなキュウカの出仕を好ましく思わない者も在りました。
その中でも、コウショウの娘婿達は、義父やナシカ王達がキュウカの才を高く評価し、重く用いる事に敵意を抱いていました。
自らに敵意を示し、それによって主たるカムサにまで不信の気持ちを抱く彼らに対して、キュウカは、自分が一歩身を引く事で、調和を図らんとします。
自分の存在を認め受け入れられない故に、カムサの出師にも易々とは従えないと主張するその言葉を受け、キュウカは、自分に従う兵は自らの力で集めると言って、事を収めました。
その言の通りにキュウカは、公国の街々で兵を募ります。
今回の出師の理由と、両者の兵力の違い、それらの事を踏まえて、大きな争いになることなく、皇太国の一派が降伏で事が収まると計っていたキュウカは、国都見物として自分に着いて来ないかと語って、腕に覚えがある者達の関心を集めました。
キュウカの示した言葉と、その内にある誠実なる人柄により、彼の求めに従い、五百余名の者達が傭兵として集まりました。
募った傭兵達を自らの親衛騎として統べるべく、その練兵に励むキュウカの許に、訪ねてきた人々がありました。
それは、嘗ての公国における内乱の際に、キュウカによって窮地を救われた者達でした。
彼らは、キュウカがこの度の出師に従うと聞き及んで、嘗ての恩に報いる為に、武具や兵糧、兵馬の類を贈ろうとやってきたのでした。
その思いに感謝するキュウカの目に、暴れる軍馬の一頭を抑えようと必死になっている馬丁の姿が映ります。
その軍馬は、馬丁が抑えようとすればするほど、逆に烈しく暴れようとしました。
そして、その軍馬が暴れるのに触発され、他の軍馬達も落ち着きを失い始めました。
キュウカは、その暴れる軍馬に近付くと、その眼をじっと見詰め、そっとその鼻先に触れ、少し落ち着くにつれて、軍馬の頭や首筋を撫でていきました。
すると、軍馬は、自らその四肢を折って、キュウカの前に伏しました。
その手並みに感嘆と賞賛の言葉を掛ける者達に対し、キュウカは、「彼らとて、我々と同じ心あるもの。無理に従えさせようとすれば、より逆らおうとするのも致し方なきこと。私は、その心にある誇りに対し、唯報いて接しただけです」と応えました。
そうして、臆することなく平然と目の前に伏せる軍馬に跨ぎ乗り、それを走らせるキュウカの姿に、見ていた者達は彼の篤実さを伺い知りました。
出師の時を向かえ、キュウカは練兵成った親衛騎を率い、新王となった親友カムサの軍の一翼を担って、共に国都を目指します。
そして、カムサを始めとする諸侯達は一同に国都の西、白陽の地に集いて皇帝を盟主に仰ぎ、会盟に臨みます。
盟主として、諸侯達へ戦いに臨む上での方策を如何にするかを問う皇帝に対し、キュウカは進んで自らの意見を述べようとします。
それは、ここに集った諸侯の大軍を以って、敵の本営を囲み、その武威を示す事で相手に降伏を促すという、双方に無益な血を流させない為の方策でした。
真に国の行く末を想う者なら、その意味を理解できるキュウカの最善と思われる方策は、皇帝に仕えその信任の厚い一人の人物の言によって覆されます。
その人物の名は、ハイス、智謀知略に長ける策略家であり、その心にある冷酷さで、他者から恐れられるそんな人間でした。
彼は、キュウカの策を第二の反逆差を生む下策と評し、他の不心得な者達を抑える見せしめとして、敵の一族とそれに従う者達の全てを尽く処刑する事こそ上策さと主張します。
そして、彼は、キュウカの身分の程を問い、その身の出自が庶人のモノであると知ると、それを衆人の前で憚ることなく嘲笑いました。
盟主たる皇帝の第一の臣が示したその態度に追従し、その場に在った諸侯の大半がキュウカを嘲りました。
キュウカは、唯その出自が貴族の出に無いが故に、自らの言の理が計られること無く、更には、恥辱までも加えられた事に、憤りと悔しさを抱きその多くの事に絶望します。
その会盟での仕打ちにより、戦う意味を見失ったまま、キュウカは後に、<月里の大戦災>と呼ばれるその戦いに臨むこととなりました。

2 件のコメント:

水原 マコト さんのコメント...

補註・『カムサの即位とキュウカの出仕にて』
新王となったカムサは、「我が身に過ちあれば、盟友であり臣下である者として遠慮なく、それを諌めて欲しい」と求めます。
それに対しキュウカは、「我が諫言は決して甘くはない。時には、刃を以って諌めることもありえるぞ。その覚悟はしておくのだな」と応えます。
そのキュウカの言葉を受け、カムサは覚悟の証として自らが持つ宝剣を彼へと下賜しました。
この両者のやり取りを見た他の臣下たちは、カムサの度量に少なからぬ感服を抱きました。

この時にカムサは、キュウカの才を疑う者たちの振る舞いを治めるべく、嘗てキュウカが公国の内乱鎮圧に尽力した事実を語ります。
それに際しカムサは、如何なる手段によって人質の解放という難事を果たしたのかをキュウカに尋ねて、自らが敵の目をくらます囮にされたことを初めて知ると、「正に稀代の知恵者だ」と笑って応えました。


補註・『ハイスの思惑』
ハイスがキュウカの言を退けた原因は、彼が皇太国の出身である<月里氏>と縁が深き一族の出自であり、その一族に浅からぬ恨みを抱いていた事にありました。
彼は、皇太国の謀反によって<月里氏>へ戦を仕掛け、それを助けようとする彼の一族へと戦火の災いをもたらそうと計ったのである。
故に、皇太国の皇帝暗殺という謀議の事実は、それから後もその真偽に大きな疑いが持たれ続けたのである。

水原 マコト さんのコメント...

補註・『ナシカの人物について』
将軍として外敵と戦い、若き頃より救国の英雄として人々から讃えられた父王とは逆に、自由気ままに生きることを望む人物であった。
しかし、その心根は義侠心が強く、困っている人間を身分の別なく助ける人柄で、それにより無頼の徒からは強い信頼を得ていた。
元来、武芸を好み、その技量は天性の才に培われ、剛勇に長けていた。
その日頃の振る舞いに父王の信頼を失い、公子の地位を危うくするが、市井の人々に慕われる姿に王君としての在り様を認められ王位を継承する。
王となってからも自由奔放な振る舞いはあったが、腹心たるコウショウの諌めによって都度にそれを改めていった。
ナシカ自らが武を好んだ事により、彼の治めるアンショウ公国は、武の誉れを尊ぶその気風を慕って武芸者たちが集るに至った。
彼の子であるカムサも又、武芸を好み、その人柄から若き武芸者たちに慕われていた。
故に、先の王位継承が原因による変事が生じた際、カムサはその鎮圧に仲間達の大きな助けを得られたのである。

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