軍神記

嘗て、南海の小群島国に真なる自由に培われた理想郷を創らんとして戦った一人の英雄が居りました。 その名は、キュウカ。 自らを隠号して、『至聖』と名乗る。 その生涯に於いて、戦場に身を置き勝敗を求める事、大小を合わせて六十余度、その内に敗れる事は唯一度という類い希なる将器を誇る。 彼を良く知る者、その戦場に於ける振る舞いを讃えて《軍神》と呼び、大いに畏敬する。 彼の者、何も持たざる身に始まり、遂には、他者の遠く及ばぬその偉業を以って、その声望は、一万年の後に及んでこれに並ぶ者無き人世の真なる王者と讃えられるに至った。

2008年1月3日木曜日

軍神記‐叙伝‐最終話

サ・ルサリアへの凱旋を果たし、女王に東大陸討伐の勝利を報告したキュウカは、そのまま国都へと留まり、主将として戦の末に得た領土の分配と論功行賞の務めを果たします。
キュウカは、サイフォンを始めとする腹心の将達に、その功積への恩賞として爵位を与えると共に、東大陸南方諸国の東海岸沿いの郡領の全てに彼等を領主として配する事を求めます。
そして、残りの領土に対しては、ヴァーナード伯の功積を最高のモノとして諸侯達へと割譲する事を提案しました。
キュウカの量ったその論功行賞に於いて、彼自身は東大陸内に一握りの領土を得る事も無く、それを慮った女王に対し、キュウカは言いました。
『私自身が領土を得るのも、私の腹心たる者達が領土を得るのも、何らその意味に変わりはありません』と。
それでも彼に対し、何らかの恩賞を与えなくてはならないと考える女王に、キュウカは、『それでは、女王陛下直々の宣告を以って、私を正式にサッペンハイムの公爵に御命じ下さい』と求め、それを許されます。
そのキュウカの求める事に適った論功行賞によって、東大陸に於ける領土の分配は以下の形となりました。
東大陸北方と南方を分かつ要衝たる大砦城守衛の都督を担うサイフォンが領土最北の領郡より南の二郡を領し、それに東沿岸となり連なる南方の三郡をウリョウ、その南方一郡ずつを其々にガルズ・ラズウィル・ディフ・ヒユウ以下の功積ある諸将が連なる形で領有し、サイフォンの領郡の真南よりアルス・ヴァーナード伯が二郡、そして残る地を諸侯達がその功積によって分配。
結果、戦いによって得られた領土の三分の一をキュウカの宿将達が領有し、残りの三分の二を諸侯達が領有する事となりました。
しかし、キュウカが自分達サッペンハイム軍の功積を抑えて、諸侯達に多大な領土を割譲する論功行賞の決定には、宿将達には完全な統治権が与えられるのに対し、諸侯達にはそれを認めず、更にはガルズ・ラズウィルの二人を以って、その統治を監理する地位に置く事が条件として加えられました。
諸侯達はこれを受け入れ、残りの論功行賞は各領主達が自らの配下の者達に施すのみとなり、各々がその所領へと帰還するべく国都を離れます。
それはキュウカも又同じで、女王への挨拶を無事済ませると、諸将と共に公領への帰還の途に着きました。

サッペンハイムへの帰路の途中にて、キュウカは、長い戦いの日々の疲れからか体調を崩し、軽い病の身となってしまいます。
それを案じるサイフォン達に、キュウカは、心配要らないと笑って応えますが、サッペンハイムに戻った後も彼の病は快癒する事無く、そのまま小康の状態を保つのみとなります。
そうしてキュウカが病身を休める日々は凱旋の日より、早くも半年を数える事となりました。
そんな病床の身にあるキュウカより、サイフォン達諸臣に公都への招集がかけられます。
それに従い集った諸臣に対し、キュウカは、彼等と出会ってから今日に至るまでの想い出を親しく語ると共に、今後の事に対する様々なことを計ります。
そして、諸侯の身にある重臣達に対し、自分が亡き後の五年を期に東大陸連合国が失った領土奪還の戦を起こす事を予言すると、その時に自分の後継者であるシジェンに大将としての器が備わって無かったならば、サイフォン・ウリョウの二人を将としてそれに抗し、各々の処断を以ってその領土を守衛する事を命じました。
キュウカから後事を託されたサイフォン・ウリョウの二人は、『我等の持てる力の全てを尽くし、必ずやその命を果たして見せます』と固く誓いました。
重臣達を下がらせた後、キュウカは、公爵たる自分の後を継いでサペンハイムを治める事となるシジェンをその枕許に呼びます。
そして、サイフォン以下の諸臣達の忠義の篤さとその優れた才能の如何を語って聴かせると、『サイフォン・ウリョウの二人は、私が最も信じ頼りとしてきた者達であり、その言葉は常に深慮遠謀に満ちていた。だから、これより先、公爵となったならば、彼等の言葉はこの私の言葉より重きモノとして、必ずそれに耳を傾けよ。そうすれば、彼等も必ずお前に報いてくれるだろう』と言い聞かせました。
それに真摯に頷き、心に刻みつけながらも、自らの未熟と不才に公爵となる事に怖じるシジェンに対し、キュウカは、『兵を率いて戦場に勝敗を決する将としての才では、お前はこの私には及ばないだろう。しかし、臣下の心を一つにまとめて一国の政を治める王としての才では、お前はいつかこの私を凌ぐだろう。今は唯焦らず、その心にある他者に対する情けの在り様を大切にしなさい』と告げます。
更にキュウカは、『汝が父母を敬う如く他者の父母を敬い、汝の子を慈しむが如く他者の子を慈しめ。さすればそれ必ず汝の助けとなるであろう』と教え諭しました。
そして最後に、『我が四貴妃は愛情深く、お前を実のこの如くに慈しんでくれる者達であり、その子達はお前を実の兄の如くに慕うであろう。どうかこの私に代わって、このサッペンハイム公爵領の主となり、その臣民と我が最愛なる者達の父兄としての務めを果たしてはしい』と告げて、シジェンへと亡き先代の大公より預かった公領の後事に於ける全てを託しました。
キュウカの抱く信頼に応えてシジェンは、必ず公爵としての使命を全うする事を誓いました。
キュウカは、シジェンの応えに満足すると、彼を下がらせてシェーリーを呼びます。
そして、自らの人生に於ける最後の無念を晴らすべく、その想いを示す証としての『遺志』を彼女へと託しました。

キュウカがその身に背負った公爵としての使命をシジェンへと託してより半月余。
キュウカは、自らの生命が尽きようとしている事を悟り、その枕元に皆を集めました。
そして、今生の別れを惜しむべく其々に杯を与えました。
キュウカの身に訪れようとして死に対し、そこに集った者達の全てが嘆かずにはいられませんでした。
自分の死を悼み、その宿命を与えた上天の非情さを憾む者達をキュウカは嗜めて言います。
『私は、この身に与えられた宿命を知った師より下された情けに逆らい、自らの想いを貫き生きることを選んだ。それは正に千の味方の死と引き換えに万の敵を倒して望む想いであり、人間として望む事を忌むべきモノであった。しかしながら、情け深き上天は、私にこの様な穏やかな最後を許してくれた。今こうして、皆に囲まれあの美しき空の下で去り逝く事ができるこの身の幸いを思えば、この終焉を如何して夭折と嘆く必要があろうか』と。
その言葉が指し示すように、サッペンハイムの上天に広がる空は、いつにも増して美しい姿をしていました。
キュウカは、そんな蒼天の空を見上げていた眼差しを四貴妃とその子供達に向けると、そこに僅かな憂えを宿して言葉を続けます。
『唯一つ、残念でならないのは、未だ幼き子供達に対し、父としてこれ以上何もしてやれない事だけだ』と。
そんな言葉を告げて子供達を慈しむキュウカの姿を目の当たりにして、皆が悲哀の想いを抱きます。
『叶う事ならば、再び人間として生まれ、幸いにもその親となれたならば、その時こそ愛しい我が子の為に尽くしたいモノだ』とキュウカは更に続けます。
その言葉を聴いた者達の心は、再び彼が人間として生を受ける事があるならば、その時こそ、その未練を叶えさせる為に自分も人間として生を受けたいという強い想いで満たされました。
『本当に、皆と別れるのは淋しい限りであるが、これを今生最後の杯として飲み干し、先に眠らせて貰おう。では、皆笑って見送ってくれ』
キュウカは、そう告げて手中の杯を飲み干すと静かに目を閉じました。
その穏やかな笑みの許、キュウカは、疲れた魂を癒すべく永遠の眠りへと就きました。

齢、三十にも満たないその短い生涯に於いて、誰よりも峻烈なる生き様を貫いた稀代の英雄、《軍神・キュウカ》は、斯くも穏やかな最後を迎えたのでした。

この後、キュウカは、サ・ルサリア女王より、その多大なる功積に報いる為として、地位を『公王』へと進める特別の取り計らいを受けます。
そして、その地位は彼の後継者であるシジェンへと受け継がれました。

2008年1月2日水曜日

軍神記‐叙伝‐第十七話

その護りの要たる砦城を奪われた東大陸連合国が、幾度となく奪還の戦いをキュウカへと仕掛けますが、鉄壁の護りを誇るキュウカ軍は、それを尽く退けました。
無某に無謀を重ねる連合国軍の有り様を目の当たりにしたキュウカの心に、何よりも自らの故国を愛し、それに対する誇りに生きたアタウの姿が甦ります。
そして、キュウカは、ここに及んで一つの大きな決断を下しました。
それは、戦いの矛を収め、東大陸連合国との和睦を結ぶという討伐戦終結への道標を示す決断でした。
キュウカはその意志を量るべく、諸将・諸侯の全てを自らの本陣へと集めます。
そこでキュウカは、この度の戦の大局は既に定まり、これ以上、徒に戦いを長引かせる事の無意味を皆に解きました。
集った者達の多くが、完全なる勝利を目の前にして自ら退こうとするキュウカの意見に驚きの想いを抱きます。
それはサイフォンを始めとする腹心の将達も又同じでした。
『この戦いに於いて重ねてきた勝利は、天が与えた幸い。それによって得た好機を捨てるのは早計ではありませんか?』
サイフォンの口から出たその諌めの言葉にキュウカは、真直ぐにして尚穏やかな眼差しを示し応えます。
『確かにサイフォン、お前のいう事は道理だ。しかし、この東大陸討伐の戦いに臨むべく故郷の地を離れてより早くも二年余の歳月が過ぎた。それでも尚、今、我が許に在る将兵達の士気は高く、この先の戦に憂えるモノは無い事は、私も良く分かっている。しかし、その将兵達の心は、片時も故郷に残した大切な者達への想いを忘れる事は無いだろう。そして、宿敵である連合国の将兵達にも、我等と同じ様に大切に想い大切に想ってくれている存在がある筈だ。他者に与えた恩義は忘れられ易いが、他者から与えられた怨悪は忘れられ難いモノ。我等が東大陸に住まう無辜の者達に与えた報いの怨嗟を思えば、我等の勝者たる証を示す為にも敢えて退く事も必要なのではないか?』と。
諸将・諸侯の多くが、キュウカが抱いた人間としての真摯にして高潔なるその想いに心を動かされます。
『故国を思い、その宿敵を打ち滅ぼさんと望む諸君等の想いも分かる。しかし、私は、これ以上、この眼に無益な戦いによって積み重ねられる屍の姿を映すことに耐えられないのだ。如何かこの私の想いを分かって欲しい』
キュウカの深い想いによって紡がれたその言葉に逆らう者は存在しませんでした。
皆の合意を得たキュウカは、直ぐに捕らえた人質の中から連合国への使者に相応しき者を選び出すと、和睦の条件を認めた書簡を盟主の許へと届けさせると共に、外に陣を置く敵の将兵達に和睦を図る意志を伝え、これ以上の戦いを望まぬ事を宣言します。
最早、戦の勝利も望めずさりとて退く事すら許されていない連合国軍の将兵達は、キュウカの意志に心の奥で感謝しました。

キュウカより、東大陸連合国の盟主に対し示された和睦の条件は次の通りでした。
一つ、盟主自らの自筆を以って、サ・ルサリア全土及びこの度の戦でサ・ルサリアが得た領土の全てに対し、今後一切、正義に乗っ取った理由無くしてこれを侵さぬ事を誓った誓紙を認めること。
一つ、サ・ルサリア王と東大陸連合国の盟主の貴尊の位は飽くまで等しく、これに対し不遜を行う者が在れば、不遜を受けし方の国法を以ってこれを咎める事を認めること。
一つ、この度の戦に於いて戦場に破れし者達の名誉を重んじ、両国に於いて敵・味方の別無くその勇気を讃え、これに恥辱を加える事無きこと。
キュウカは、その三条の誓いを以って、祖国領土の平穏を得、主の名誉を高め、そして、戦場に散った者達の魂を慰める事のみを望みました。
それを受けた盟主国の王は、キュウカの武威とそれに逆らい、自らの地位を危うくする事を懼れ、終に和睦を受け入れる事を決断しました。

こうして、キュウカは、長き戦いの末に、亡き大公の願いに報いるというその宿願を果たしたのでした。

キュウカは、領土防衛の要としてウリョウを東大陸に止め置くと、他の諸将・諸侯達と共にサ・ルサリアへの凱旋の帰路に着きます。
そのキュウカの威風堂々たる凱旋の様子を一目でも見ようと集った人々に対し、彼は、一軍の将としてではなく、唯一人の人間として思慮深い振る舞いを示しました。
その姿を目の当たりにした東大陸の新たなる民達は、心から彼に親しみ従う事を求めるようになりました。
自らの凱旋を迎えるサッペンハイムと故国サ・ルサリアの民衆達の歓声をその身に受けながら、キュウカは、その心に愛して止まなかったサ・ルサリアの蒼く澄んだ空を見上げて穏やかに微笑みます。
そこには、生まれながらにして何も持たざる身であった彼が、本当の意味で還るべき『故郷』を得たその歓びの想いが在りました。

2008年1月1日火曜日

軍神記‐叙伝‐第十六話

アタウという存在の死を嘆き、その想いに翳る自らの心を晴らせぬキュウカですが、天の幸いを得た四貴妃の懐妊という嬉しき報せに沈んだ心を癒されます。
この世に死に去り逝く生命が在るならば、新たに生まれ出る生命も在る事を想い、キュウカは、その意志を再び奮い起こしました。
キュウカは、その身の大事を考えリレイ・キョウナの二人を戦線より退けると、東大陸連合国との戦いに決着を着けるべく編成を新たにした兵を率いて出陣します。
諸将・諸侯達を連ね進軍するキュウカの姿には、それまでの憂いは微塵も無く、その威風堂々たる様相に彼の再起を疑う者はいませんでした。

キュウカは、先の大戦の敗北によって放置された状態にある東大陸南方諸国の北郡を次々に平定すると、その領郡を慰撫して見事に安定を取り戻しました。
着実なる進軍を以って領土攻略を果たして行くキュウカ軍に対し、連合国軍は、東大陸を南北に分かつ要衝に築いた大砦城に兵力を集めて備えとします。
正に要塞都市と呼ぶに相応しき堅牢な大砦城を目の当たりにして、その攻略の困難さを危ぶむ将兵達に対し、キュウカは、『この世に、人間が護っている限り、落せない城など存在はしない』と大胆な言葉を以って嘯きました。

大砦城の南方にある平原に全軍を展開させる陣容で配置したキュウカは、左右の両翼に備えたサイフォン・ウリョウの両将を副将に任じ、二人に一軍を預けると、『この度に攻めるべきは、堅固なる城に非ず。脆き人間の心だ』と告げた後、各々に敵の砦城の攻略を命じます。
キュウカの命に従いサイフォン達双将の軍が奮戦する中、キュウカは、自らが率いる兵を昼は休ませ、夜陰を待って銅鑼を鳴らし喚声を響かせて敵を乱しました。
キュウカ軍が昼に攻め夜に乱す戦いを続ける事は七日を過ぎますが、未だ敵を攻略する兆しは見えませんでした。
更に敵軍の内では、キュウカの戦法を見て、彼が自分達の籠もる砦城の攻略に対する策を得られず、唯、闇雲に攻撃と攪乱の策を計っているだけだと考える者達が現れ、夜陰に乗じた攪乱の策も効果を薄れさせていきます。
そして、その考えはサ・ルサリア諸侯達を皮切りにキュウカ軍の将兵達の間にも広まり始めますが、その副将たるサイフォン・ウリョウの叱咤鼓舞によって全軍の士気は保たれ続けました。
しかし、攻略の戦いが始まりより二十日を過ぎるに及び、遂に諸侯の内よりキュウカへの不信を語る言葉が現れ、それを鎮めようとしたキュウカに反発し一部の諸侯が配下の兵を率いて戦線を離脱するという事件が起こります。
それに対する諸将と兵達の動揺は大きく、更には、その報せを受けて敵軍の士気は大いに高まりました。
その状況を危ぶみ打開の策を計るべく本営を訪れたサイフォンとウリョウに対し、キュウカは、このままでは全軍の士気が下がり瓦解の危機すらも考えられると、明日の明朝に日が昇ると共に全軍による総攻撃を行うと命じます。
双将は、事の此処に到っては力攻めも致し方ないとキュウカの命を承知し、彼と共にその決戦に臨む覚悟を決めました。

愈々の激しい戦いを覚悟して浅い眠りに身を委ねるサイフォンは、自らの陣の北方、正に敵の砦城より突如として巻き起こった激しい喚声を耳にして、敵軍が討って出たのかと一気に目を覚まします。
その身に鎧を纏い兜に手を掛けるサイフォンの元に、キュウカの使者としてシェーリーが現れました。
キュウカと同じ軽鎧の戦装束に身を包んだシェーリーから、今直ぐ配下の祥兵達を率いて自分と共に出陣するように告げられたサイフォンは、キュウカが敵を欺く為に自分達味方までも欺いていた事を悟り、苦笑を浮かべて快諾します。
シェーリーの案内の元、敵の砦城の西門へと通じる間道を密かに抜けたサイフォンの一軍は、既に開かれた守衛門より一気に中へと攻め込みました。
そこには、南門より攻め込んでいたウリョウの一軍が奮戦する姿が在り、サイフォンに率いられた将兵達もこれと連携して次々に敵の兵を蹴散らしていきます。
更には、キュウカの影武者として、その偽兵の一隊を率いたシェーリーの攪乱によって、敵軍は大いに浮き足立ちました。
混乱し総崩れとなった敵軍の残党を北門より追い散らしたサイフォンとウリョウ達の前に、キュウカと諍い最初に戦線より離脱した筈の諸侯と轡を並べたキュウカが現れます。
キュウカは、その若き諸侯と共にサイフォン達将兵の働きを讃えて労うと、威勢を挙げて勝ち鬨を叫びました。
その勝利を歓び叫ぶ将兵達の声に包まれながら、キュウカは、唯、穏やかな笑みを浮かべていました。

陥落させた砦城の中央にある宮殿に本営を誂えたキュウカは、そこに諸将・諸侯の全てを集めるとこの度の戦に於ける論功交渉を行い、副将たるサイフォン・ウリョウの常に自分を支えてきてくれた功を第一、それに次ぐモノとして決戦の勝利に繋がる方策に大いなる協力を示してくれた件の若き諸侯アルス・ヴァーナード伯の功積を評しました。
それに対し、アルスは、戦いの勝利はキュウカの計った方策によるモノであり、自分はそれに従っただけだと応えます。
キュウカは、アルスの言葉を聞き、それに同調する様に頷くサイフォン・ウリョウを始めとする者達を前に、自分が如何なる策を計ろうともそれを果たす将兵達の見事な働きがなければ、この様な勝利を得る事は出来なかったと決して譲りはしませんでした。
キュウカの自分に従う者達に対する篤実さを目の当たりにして、アルスは、彼に率いられる祥兵達が誇る強さの理由の答えを知ります。
そして、キュウカが、サ・ルサリアの女王へと奏じる戦勝報告の書簡に、自らの目で見た事実の全てを記した書簡を重ねて、国都へと届けさせました。

キュウカは、この戦を制する事により、遂に東大陸連合国盟主の喉下へと刃を突きつけるに至ったのでした。

2007年12月23日日曜日

軍神記‐叙伝‐第十五話

東大陸連合国軍との大戦を制し、アタウを降したキュウカは、帰還した陣営の内に在っても敗残の将という身の上の彼に対して、慎み深い礼節を以って報いました。
そして、キュウカは、アタウの才をこのまま無駄に終わらせる事を惜しみ、自分に仕える事を求めました。
そんなキュウカの振る舞いに対し、アタウは、心からの感謝を抱きますが、自らが一国の王に仕え郡領を治める領主であり、そして、そこに妻子を残している身である事を理由にそれを受け入れようとはしませんでした。
キュウカは、アタウの忠節を尊いモノと認めますが、その忠節を捧げる主の暗愚を挙げ、加えて、その国主達を統べる盟主国の王の不義を挙げます。
アタウは、そのキュウカの言葉を穏やかな心を以って受け止めますが、それでも臣下として主への忠節を曲げる訳にはいかないと応えました。
しかし、アタウの心には既にキュウカという存在に対する畏敬と心服の想いがありました。
そして、アタウは、キュウカに、今一度、主への説得を行い、盟主国の王に対してサ・ルサリアとの和睦を図る故に、それを受け入れて欲しいと懇願します。
キュウカは、その第一に東大陸連合国の盟主自らとの会盟を以って和睦の議を図る事、第二に飽くまでこの度の戦の始まりが東大陸連合国のサ・ルサリアへの侵略が起因すると認める事、そして、最後にアタウがサッペンハイム公国の公爵である自分に仕える事、その三つの条件を出して、彼の申し出を受け入れました。
アタウは、示された三つの条件の内、前の二つ必ず認めさせる事を誓いますが、最後の一つに関しては、仮令、東大陸連合国とサ・ルサリアが和睦しようとも、自分が仕えるのは今の主のみだとそれを受け入れる事は出来ないと応え、その代わりにアタウは、自分が存命である限り身命に懸けて、何者にも再びサ・ルサリアの領土を侵させはしないと約束しました。
キュウカは、その言葉に示されたアタウの信念を感じ取ると、その約束を以って和睦の証とする事を認めます。
そして、アタウは、信義を必ず果たす証として配下の将兵達の身柄を人質にキュウカへと預け、主の説得に赴こうとしますが、キュウカは、それを止めると、虜としてあったアタウ配下の将兵を全て解き放ち、彼に従わせました。

その自分の許しを得て、両国の和睦を図る役目を担う事となったアタウを見送った後、キュウカは、その判断に幾許かの不安と憂いを抱きます。
そのキュウカの様子を見たシェーリーは、キュウカにアタウの事を信じられないのかと問います。
それに対し、キュウカは、自分はアタウを信じられないのではなく、アタウの主たる国主を信じられないのだと答え、アタウをその主の許に返してしまった自らの軽率さを後悔する想いを吐露しました。
そして、キュウカは、シェーリーへとその身の危険を十分承知しながらも、いざという事が彼の身に起ころうとしたならば、その危難から救ってやって欲しいと懇願しました。
シェーリーは、キュウカが自分へと寄せる信頼の深さを知ればこそ、その願いが如何なる意味を持つのかを理解し、それを快く引き受けました。

無事に故国への帰還を果たしたアタウは、その主へと自らの不才を以って同胞たる者達を戦場に虚しくさせた事を詫びた上で、キュウカと交わした誓いを果たすべく、和睦に向けてその説得を試みます。
そして、そのアタウの進言により、連合国盟主へのサ・ルサリアとの和睦を図る会盟が行われる事となりました。

東大陸連合国の盟主国国都にて図られたその会盟には、全ての諸侯が集いました。
そして、アタウはその場に於いて、自らの祖国に対する忠信の全てを尽くし、サ・ルサリアとの和睦を果たすべき事を盟主へと訴えます。
その言には、微塵の私心も無く、全ては祖国の安寧を想えばこその進言に他なりませんでした。
アタウの口から語られる言葉に、彼と戦場を共にした諸将達の多くは賛同の意を抱きましたが、キュウカの将才を知らぬ諸侯や戦いに敗れて領土を失った領主達の言により、それも封じられてしまいます。
それでも尚、祖国の為を想い言葉を紡ぐアタウに対し、先の戦で主将を担った者より、その敗戦の責を逃れんとする奸言だという卑劣な讒言が放たれました。
その戦場に在って真実を知る者は、会盟の場に数多いましたが、主将である者の身分の高さと権威を恐れて口を紡ぎました。
そして、盟主自らも又、小国の領主に過ぎないキュウカの前に、その恥辱を示す事への面子に拘り、アタウを厳しく叱責すると、更には、その主たる国主にまでその怒りをぶつけます。
自らに向けられた盟主の怒りに恐れ慄いたアタウの主は、その身の窮地から逃れるべく事の全てをアタウへと擦り付けて弁解を図りました。
主たる存在からアタウへと向けられるその言及は、遂には、彼とキュウカの内通を疑うモノにまで到ります。
アタウは、その身に向けられた謂れも無きに等しい罪の矛先を受けながらも、遂に、最後の最後まで弁解の一言すら洩らさず、主から与えられる恥辱に耐え忍びました。
それは、自分が逆らえば、故国に在る妻子の身が危うくなる事を良く知っていたからでした。
アタウは、会盟に集った全ての者達の残酷なる裏切りに晒されながら、これがキュウカをして《軍神》たらしめた強き意志の理由である事を深く理解しました。
嘗て、『白陽の会盟』にてその身に受けた恥辱に耐え、遂にその雪辱を果たしたキュウカの抱きし意志の強さと対峙し、自分を始めとして誰がそれに抗う事が出来ようかと。
『(そう、彼の人は、自らが最も大切にするその一を護らんが為に、その他の全てを他者に譲る事を選ぶ者。それに対し、私は、その他の多くを護らんが為に、自らが最も大切にするその一を諦めて来た。人間がその手に掴む事が出来るモノは、私が思っている以上に少ないのだろう。彼と私との戦いは、私が初めてその一たるモノを諦めたあの時に勝敗を決していたという事か・・・)』
アタウは、自らに逃れられぬ死の宿命が与えられる事を悟り、嘗て、自らの弱き意志によって失った大切な存在であった一人の女性の事をその心に甦らせます。
そして、それと引き換えに得た今最も大切な存在で在る妻子の事を想わずにはいられませんでした。
アタウは、自らの生命を以ってこの度の責の全てを贖う事を求め、その最後の願いとして、別れ逝く事となる妻子に惜別の言葉を告げる許しを求めますが、非情にもそれすら許されず投獄の身となりました。

シェーリーは、キュウカの願いに従い、その身を獄中に置かれ処刑の時を待つアタウを救おうと彼の許に至ります。
しかし、アタウは、今、自分が獄中のより逃げれば、真っ先に妻子へと難が及ぶ事を危惧し、その申し出を拒みます。
そして、その代わりに、自分が告げようとして果たせなかった妻子への惜別の言葉をシェーリーへと託しました。
そのアタウの覚悟を前にして、シェーリーは、唯黙ってその願いを受け入れるしかありませんでした。

シェーリーは、アタウと交わした約束を果たすべく、彼の故国に至りその妻子の所在を求めますが、一足遅く、国主の断罪の兵から逃れる為、臣下の手によってその姿を消した後でした。
再び、アタウの許に戻り、妻子がその身の窮地を何とか脱した事を告げようとしたシェーリーですが、時既に遅くアタウは処刑の身となっていました。

戻ったシェーリーの口より、アタウの死と彼に与えられた仕打ちを聴き及んで、キュウカは、『アタウという人物は、天賦この上ない才を与えられながら、ただその仕える主にのみ恵まれなかった。しかし、口惜しきは、あれ程の比類なき賢才が投獄の辱めを受けて、その身の最後を迎えたことよ』と嗚咽を洩らして深く嘆き、そして、激しく憤りました。
雌雄を決する敵として出会いながら、互いにその才を認め、時に敬服した好敵手たるアタウの死は、キュウカの心に忘却を許さぬ深い傷を刻み込みました。

2007年12月22日土曜日

軍神記‐叙伝‐第十四話

来る連合国軍との決戦を前に、キュウカは、諸将・諸侯を自らの帷幕に集め、軍議を行います。
それまでのキュウカの知略と采配に集められた者達の多くが、その秘策に期待を寄せていました。
そんな周囲の考えを裏切るように、キュウカは、諸人に連合国攻略の策に対する意見を求めます。
それに対し、ウリョウは、自らが別夜陰に乗じて働隊を率い、敵の本陣を奇襲するという策を計り、サイフォンは、自らを先鋒にして敵の第一陣を破った後、その勢いに乗って全軍で総攻撃を仕掛ける策を計りました。
その両者の策を聴いたキュウカは、ウリョウの策に対しては、敵に備えがある時の危険の大きさを、サイフォンの策に対しては、敵の守りが堅く破れなかった時に敵の反撃を防ぎ切れない事を指摘します。
ならば如何するべきかと問う両将に対し、キュウカは、『敵で最も手強き一軍と最も組み易き一軍を考え挙げよ』と求めました。
思慮の末に諸将は、前者に対してはアタウの率いる一軍を挙げますが、後者に対してはその答えを示せませんでした。
それでも満足そうに頷いたキュウカは、前者をアタウの一軍と認め、後者をそれ以外の全てだと答えます。
そして、更にもう一つ、『敵が私の将としての才覚を如何に評しているか知っているか』と問いました。
その答えを持たぬ諸人に対し、キュウカは、『それは「策を弄するに長けた小賢しき者」』だと笑って答えます。
そして、キュウカは、更に言葉を続けて言います。
『敵軍を率いる諸将は、アタウのみ唯一人を除いて、未だこの私の事を侮り油断している。そして、アタウも又、これまでの私の戦い振りを知るが故に、この度の戦に於いても私が知略を以って策を練り、その策謀によって戦いの勝利を計ると考えて、それを警戒している筈。故に、この度の戦、我等は、正々堂々その正面から敵に挑み、これを討ち破る。勝つ為の術は既に我が胸中に在る。唯、未だ足りておらぬのは、将たる皆の覚悟のみ。諸君、私を信じ、油断無くその采配に従うべし。明日の明朝より前に陣を払い、日が昇ると共に決戦へと臨むべく出発をする。遅れる者在らば、身分の別なくこれを裁く。これより見張りの兵以外の皆に休息を与える故、明日の決戦に向け十分に英気を養え』
そう告げて、キュウカは、軍議を解散させました。
告げられた命令に従い、諸将・諸侯が帷幕より去る中、サイフォンとウリョウの二将だけは、そこに止まり残りました。
二人に言葉を掛けられるより先に、キュウカの方から二人に言葉を掛けます。
それは、二人の慧眼を褒め称える言葉でした。
その言葉によって二人は、キュウカが自分達を使って諸将・諸侯達の意識を改めさせた事を確信しました。
苦笑する二人に対し、キュウカは、『この度の戦は、これまでの戦いとは違い、下手に策謀を廻らせれば、逆にそれを相手に利用されて手痛い反撃を受ける事になるだろう。それ程までに、あのアタウという者の智謀は侮れないという事だ』と告げます。
その言葉を受けて、二人は、其々が真剣な眼差しを向けて問います。
『アタウという者、貴方がそれ程までに恐れるに値する存在なのですか』と。
それに対し、キュウカは、『先の戦で、我が策謀によって瓦解した味方を唯一言のみで甦らせたその将器は、賞賛するより畏怖するに値する見事さであった。彼の者がいなかったならば、あの戦いに於ける勝利でこの度の討伐の大局の全てが我が望みのままになっていた筈。それを思えば、この天の差配を恨まずにはいられない程だ』と答えました。
その言葉に、サイフォンとウリョウは、改めて、アタウに対しキュウカが抱く想いの程を知ります。
二人が抱くその感情を読み取り、キュウカは、穏やかなるその眼差しの内に、熱い想いを宿して告げます。
『確かに、あのアタウという者は手強い敵だ。しかし、我が軍には、彼と彼の率いる連合国軍を討ち破る為の幸いが天より与えられている』と。
その言葉の意味を図りかねる二人に対し、キュウカは、更に言葉を続けます。
『それは、私の許に、何よりも信じ頼れる者達を与えてくれた事だ。サイフォン、ウリョウ、そして、今我が許に在って仕えてくれる諸将達、皆の支えが在ればこそ私は、彼のアタウを破り勝利を得る為の術を見い出せた。先の言に偽りは無い。明日の決戦、必ずや我が軍の勝利で終わる』と。
『《軍神》、貴方という存在に率いられているからこそ、我等は何者をも恐れず、如何なる戦にも望めるのです。そして、それは、貴方に従う全ての将兵とて皆同じです』
『そうです。我等、この戦いが始まった時、否、貴方と出会い仕えると誓った時から、貴方を信じ如何なる戦いに於いても恐れる事無く臨む覚悟を決めております。そして、その覚悟は、この先に何が在ろうとも決して揺らぐ事はありません』
ウリョウ、サイフォン、二人の口から語られたその言葉は、正にキュウカに従う全ての将兵達の想いの代弁でした。
『分かった。私は、その皆より向けられた想いに必ず報いよう。サイフォン、ウリョウ、明日の戦いの勝敗は、お前達二人の働きに掛かっている。その活躍、大いに期待しているぞ!』
示されたそのキュウカの想いの言葉に、二将は頼もしいまで強く頷きます。
それを見たキュウカは、これから臨む決戦に対する勝利を確信しました。

陣を払い出陣したキュウカ軍に対し、連合国軍もこれを迎え撃つべく布陣を改めます。
連合国軍の陣立ては、アタウの一軍を先陣に置き、その後ろに構えた本陣の左右に全軍が置かれるという数の有利を活かしての包囲戦を狙うモノでした。
更には、見渡す限りの広い平原に在りながら、その背後に川を配する背水の布陣にキュウカは、それを計ったアタウの決断に流石と舌を巻きます。
その再び死地に活を得んとするアタウの戦術を前にして、しかしながら、キュウカは、不敵な笑みを以ってそれに挑まんとしました。
キュウカは、諸将・諸侯を集めると、その勝利を決する戦術を指示します。
『サイフォン・ウリョウ、其々に軽騎3千の精鋭を預け先鋒を命じる。死力を尽くして、必ずやアタウの軍を討ち破り、彼の者を虜にせよ!』
『ディフ、重騎2千を預ける。これを率い我が左翼を固めよ!』
『ラズウィル殿、歩兵3千を以って我が右翼を!』
『リレイ、キョウナ、其々に重騎2千と歩兵1千を預ける。我が背中の守りを!』
『ヒユウ、軽騎5千を預ける故、我と共に本陣を衝け!今日こそがお前の宿願を我が前に示す時、その嘗ての言に違わぬ勇猛ぶりを以って、この私にお前こそが最高の剣士であるという証を見せてみよ!』
『諸侯の皆々は後詰として控え、攻撃の好機が訪れたと判断したなら、各々が討って出られよ!』
キュウカの命令を受け、諸将の全員がその戦術を理解し、自らに与えられた使命にその闘志を昂ぶらせて奮い立ちます。
それに満足したキュウカは、自らの率いる親衛騎と本隊の兵達に振り返り、その手にした<烈華槍>を振り上げ叫びます。
『我等本隊は、これより敵の本陣を目掛け突撃を仕掛ける!皆の者、死を恐れるな!死を求めるな!唯生きて勝利の喜びを得る事のみを想え!我等が勝ちは既に決している!この戦いは、その誉を得る為のモノ!皆、共に最高の誉れを掴み取ろうぞ!』
キュウカの宣言に、全軍の皆、手にした武器を天高く振り上げて応えました。
『全軍、突き進め!!』
そのキュウカの号令の許、先鋒の二将が駆け出すと、それに続く形でキュウカの本隊、そしてその左右両翼と後ろを固める諸将の隊が討って出ます。
それはまるで、引き絞られた弓によって放たれる矢の如くに疾く鋭い進撃でした。

アタウは、討って出たキュウカ軍の動きを見て取り、その意図がこちらの包囲に先んじる一転突破の本陣への攻撃だと知ると、主将に何が在ろうとも軽挙妄動する事無く構え続けることを忠告し、キュウカ軍先鋒の進撃を食い止めるべく自らの一軍を率いて出陣しました。
それに対しウリョウは、自らがアタウの攻撃の勢いを止め、サイフォンに敵軍の腹を衝いて切り崩す戦術を計り、サイフォンもそれを面白いと快承して従います。
サイフォンは巧みな手綱捌きで乗騎の騎首を回らせ、率いる兵の機動力を活かした戦術で、アタウの軍を大いに攪乱させます。
そして、その隙を突いたキュウカ軍の本隊は、アタウの背後に在る敵本陣へと突進します。
正にそれは正々堂々たる正面から仕掛ける奇襲の攻撃でありました。
その勢いに浮き足立つ敵軍の兵を相手に、キュウカ・ヒユウの軍は大いに暴れ回り、それによって敵の混乱は更なるモノとなります。
味方の本陣を護ろうと左右に備えていた連合国軍の諸侯が動きますが、ディフ・ラズウィルの二将が率いる軍がこれを阻み、それに続く形で突撃してきたリレイ・キョウナの軍が左右より其々に更なる攻撃を仕掛けます。
背後の川に退路を絶たれ、周囲をキュウカの軍に烈しく攻められた連合国軍の本隊は、進退窮まった事に恐怖を抱いた主将が軍の采配を放棄して逃げ出した事により、完全に浮き足立ちます。
そして、その本隊の壊滅を目の当たりにした他の軍も浮き足立ち、遂にはアタウの軍を除く他の全ての軍が総崩れとなりました。
キュウカは、その戦況を具に見て取ると、配下の将兵の逃げる敵兵への追撃を止め、未だ孤軍奮闘するアタウの軍と戦うサイフォン・ウリョウの二将への援軍を命令します。
そのキュウカの采配を愚として、功を焦り敵軍への追撃に動いた諸侯の兵達は、退路の川に落ちて生命を落すより、戦って生き残る事を考えた敵兵の反撃によって手酷い被害を受けました。
それを見たキュウカは、『追い詰められた獣は、生き残る為に死力を尽くし抵抗をするモノ。これを自らの身を損なわないように狩ろうと求めるならば、無理に追い詰めず、その逃げ道を作る事で生きる希望を与え、それから相手が十分に疲れるまでゆっくりと待って行うモノ。貴殿等は、山野の狩りを嗜まないのか』と鋭く指摘すると、その被害を懼れてそれ以上の追撃を禁じました。

味方の敗走によって孤立無援となったアタウの軍は、キュウカの命令の許、二重三重の囲みを以って包囲されます。
それでも尚、諦めず抵抗して戦い続けるアタウを前にして、キュウカは自らその降服を促すべく彼の許に行きました。
包囲の兵を下がらせ、アタウの前へと進み出たキュウカの口より、彼に対し降服を求める言葉が告げられます。
しかし、アタウは、一軍の将として敵国に降る事は受け入れられぬと、自らの生命を犠牲にしての更なる抵抗の意志を示しました。
その悲壮なる覚悟を受けたキュウカは、烈しい憤怒を以って言い放ちます。
『貴殿は、先ず臣として互いの故国を想う心を以って言を交えた君子の徳を求める論戦で私に敗れ、次に豪傑として自らの意志を以って武器を交えた一騎打ちに敗れ、そして、今、将として自らが求めた己の誇りと故国の威信を懸けて交えた兵を用いる戦いに敗れた。<仁倫>・<武勇>・<知略>、その三度の敗北に恥じる事を知らず、更には、自らの詰まらぬ誇りの為に、自分に従う忠義の将兵の生命を無駄に散らせることを求めるとは、それでも一軍を統べる将か!』
キュウカの口から発せられたその言葉に、アタウは、自らの不明を大いに悟ります。
そして、配下の将兵の生命を救う為、武器を捨てキュウカへと降りました。
キュウカは、降服したアタウとその配下の将兵から、武器のみを取り上げると、アタウを始めとする全員に騎乗を許したまま、敗者に対する縄の縛めも施す事無く共に轡を並べて凱旋の帰路に着きました。
こうして、キュウカは、見事なる勝利を以って、東大陸連合国軍との大戦を制したのでした。

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