嘗て、南海の小群島国に真なる自由に培われた理想郷を創らんとして戦った一人の英雄が居りました。 その名は、キュウカ。 自らを隠号して、『至聖』と名乗る。 その生涯に於いて、戦場に身を置き勝敗を求める事、大小を合わせて六十余度、その内に敗れる事は唯一度という類い希なる将器を誇る。 彼を良く知る者、その戦場に於ける振る舞いを讃えて《軍神》と呼び、大いに畏敬する。 彼の者、何も持たざる身に始まり、遂には、他者の遠く及ばぬその偉業を以って、その声望は、一万年の後に及んでこれに並ぶ者無き人世の真なる王者と讃えられるに至った。

2007年12月9日日曜日

軍神記‐叙伝‐第十一話

キュウカは、公領の西岸の砦城に陣を張り、集結を果した諸将達と共に対峙する敵軍を破る術を計ります。
キュウカ軍は、初戦で敵国の領内への上陸の拠点を得る為の海上戦を制する必要がありました。
しかし、キュウカを始めとする諸将の内に水軍の指揮に長けた者が少なく、全軍に少なからぬ被害を覚悟する事となります。
更に続く戦いの事を考えれば、受ける被害を少なくする必要に悩むキュウカは、自らの内に湧き上る焦燥と戦いながら、戦いの機を計りそれを待ち続けました。
このまま、唯、対峙を続ければ敵に集結の時を与えるばかりだと判断したキュウカは、遂に開戦の決断を下します。
夜明けと共に攻撃を仕掛けるべく出陣したキュウカ軍の船団を、待ち構えていた敵軍の船団が迎え撃ちます。
敵に一日の長がある海上戦に、キュウカ軍は一進一退の攻防を繰り広げます。
その不利を采配の妙で補うキュウカですが、戦いの決着を果せず膠着状態に陥ります。
進むか退くかを考えるキュウカの耳に、周囲の兵が騒ぐ声が聞こえました。
一体、何事が起きたのかと訝るキュウカの眼差しの先に、北方より南下してくる新たなる船団の存在が映ります。
その船団の出現に、味方の全軍へと広がる動揺を危ぶむキュウカ、しかし、それは敵軍の増援では無く、意外なる味方の出現でありました。
見事なる操船術で両軍の戦いの間に割って入ったその一軍を率いるのは、<海狼皇>トゥーナでした。
一瞥の目礼を以って、キュウカへと応えたトゥーナは、自らの率いる兵団を連合国軍に突撃させ、次々に敵の船を沈黙させていきます。
戦いの勝利を決め戻り至ったトゥーナは、キュウカの乗る船に自分の船を並べると親しくも恭しき礼をキュウカへと捧げました。
そして、キュウカの東大陸連合国討伐の挙兵を聞き及び、嘗て受けた恩に報いるべく、二人の息子を副将に馳せ参じた事を語ります。
共に本拠の砦城へと凱旋したキュウカとトゥーナ親子は、諸将共々に陣営の内で親しく言葉を交え語らいました。
トゥーナ達は、次の海上戦に於いて死力を以って、必ずキュウカ軍を勝利に導くとその奮戦を約束します。
キュウカは、その言葉を心強く感じると共に深く感謝しました。
しかし、副将としてトゥーナに従う二人の息子の未だ年若い事を見ると、二人を危険な戦いに巻き込む事を憂います。
二人は、キュウカの態度からその事を察すると、<海狼皇>の異名を誇る父の名に懸けて無様な姿は見せないと笑って豪語しました。
その勇敢なる振る舞いに頼もしさを感じるキュウカでしたが、胸に刺さる一抹の不安の様なモノを拭い去れずにいました。

トゥーナという頼もしい援軍を得たキュウカに更なる援軍が現れます。
それは、サ・ルサリア全土から集った義勇の者達でした。
彼等は、嘗て国中が飢餓に晒された時、キュウカの情けによって自分や家族の生命を救われた者達でした。
その恩に報いる為に集った彼等の心意気に大いに喜んだキュウカは、その想いを無にしない術として、彼等をウリョウ将軍に預け、その練兵を任せます。
義勇の者達を後方の護りに残す事によって、キュウカの軍は前線に率いられる兵力を大きく増しました。

憂いを拭い戦いの機を得たキュウカは、愈々、東大陸への上陸を果すべくトォーナたちと共に、連合国との大海戦に臨みます。
その戦いの開戦と共に、トゥーナは約束した言に違わぬ勇猛さを以って、先陣として敵の大船団に突撃していきます。
立ちはだかる敵を蹴散らし、その本隊に攻め至るトゥーナ軍。
そして、その先頭を切ってトゥーナの二人の息子が決死隊を率いて、敵の主将が乗る船に切り込みます。
その姿を目の当たりにして、キュウカは、先の会盟で自分が抱いた不安の正体に気付きました。
キュウカは、彼等二人がその心の内に抱くモノが正に決死の覚悟である事を知り、何としてもこれを救わんと、自らの船を敵軍の真っ只中に走らせます。
しかし、そのキュウカの想いも虚しく、キュウカとその親衛騎が彼等を救い出した時、二人は既に助かる事の無き程に深い傷を負っていました。
それで一縷の望みを以って、彼等の生命を救わんと手当てを急がせるキュウカに、二人は、感謝の言葉と共に、父・トゥーナへの最期の言葉を託そうとします。
目の前にある悲劇を嘆き悲しむキュウカに、二人は、生きる為に他者の糧を奪い、それでも尚、餓えて寒さに凍えながら死に行く者が耐えない自分達が生まれ育った故郷の惨状を語り、父が部族の長として常に仲間の事を先にし、自分の身内に与える糧を少なくしてきた事、その父の想いを酌んでいた母が、それでも餓え凍えながら生命を失っていく我が子たちの為に隠れて泣いていた事を語ります。
そして、キュウカより与えられた情けの御陰で、部族の多くの者が飢えを凌ぎ、辛く厳しい冬を乗り越えた事、救われた生命の中には、産まれたばかりの幼い妹の存在があった事を語りました。
二人は、自分達にキュウカの様な強さが在ったならば、トゥーナを助けて故郷の仲間を苦しめる大国の支配を討ち破れたであろうと、その悔しさと父に対する不孝を詫びる言葉を最後に告げて、その生命の終焉を迎えます。
キュウカは、若くして生命尽きた二人の死を深く悼み嘆き、その亡骸に、この戦いを終わらせたならば、必ず二人の遺志に報いる事を固く誓いました。

二人の息子の死を知って尚、共に戦い続ける事を申し出るトゥーナにキュウカは、一刻も早く二人を他の生命を落した者達共々、故郷の地で眠らせてやって欲しいと望んで送り出します。
そして、キュウカは、死した者達の犠牲を無駄にする事無く、先に進む事を自らに命じて敵の拠点を攻め落し東大陸への上陸を果しました。

キュウカ軍の勝利にサ・ルサリア侵攻の拠点を失った連合国は、諸国の国主や諸侯達を集めて会盟を行います。
キュウカ軍の進撃に如何なる策を用いて当たるかを盟主が問う中、それに対し一人の若き諸侯が意見を述べるべく前に進み出ます。
それは、嘗て、サッペンハイムに侵攻した連合軍がキュウカに敗れて退く際に、見事に殿の役目を果した存在で、東大陸中央に位置する公国にて一郡を領する侯爵であるアタウという名の者であった。
アタウは、サ・ルサリア公国に対し、不可侵を約束する親書を送って和睦を結び、直ぐにキュウカの軍を退けるようにするのが一番の良策であると進言します。
しかし、盟主国の大臣の血孫たるクルセティナを中心とするサ・ルサリアの国力とキュウカの力を侮る者達によって、その言は退けられてしまいました。
諸王と諸侯の侮りを危ぶむアタウの諫言に対し、クルセティナは、サ・ルサリアの諸侯より主へと送られた密書の内容を公にして、それを杞憂に過ぎないと一笑に付しました。
こうして、キュウカ軍と連合国軍の戦いは、更なる激しさを以って交えられる事となりました。

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