嘗て、南海の小群島国に真なる自由に培われた理想郷を創らんとして戦った一人の英雄が居りました。 その名は、キュウカ。 自らを隠号して、『至聖』と名乗る。 その生涯に於いて、戦場に身を置き勝敗を求める事、大小を合わせて六十余度、その内に敗れる事は唯一度という類い希なる将器を誇る。 彼を良く知る者、その戦場に於ける振る舞いを讃えて《軍神》と呼び、大いに畏敬する。 彼の者、何も持たざる身に始まり、遂には、他者の遠く及ばぬその偉業を以って、その声望は、一万年の後に及んでこれに並ぶ者無き人世の真なる王者と讃えられるに至った。

2007年12月16日日曜日

軍神記‐叙伝‐第十三話

再び開かれんとする連合国軍との大戦を前に、キュウカ軍の将兵達は大いに奮い立ちます。
それは又、キュウカ自身にとっても同じで、敵将たるアタウとの決戦を想い、その心に一軍の将として望んでも安くは得られない好敵手との死闘に対する歓喜を抱いていました。
そんな、キュウカの許に祖国であるサ・ルサリアより、使者が送られてきます。
その使者から齎された報せには、女王の名の下にサ・ルサリア諸侯達の援軍が派兵される旨が記されていました。
それを知り喜ぶ者達を前に、キュウカは、僅かばかりの焦燥を洩らします。
キュウカは、そこに女王の意図に反する諸侯達の思惑がある事を見抜いていました。
前面の強敵を前に、味方の内に災いと為り得る患えを持たねばならない事を、キュウカは、危惧せずにはいられませんでした。
キュウカは、密かに諸将を自らの陣営に集めると、祖国からの援軍が信用に値しない事を告げ、これに十分な警戒をするよう命じます。
そして、進軍の歩みを常より遅らせてその行程の半ばに陣営を構えて、そこで祖国からの援軍を迎えるべく待ちました。
数日の後、援軍が到着すると、キュウカは、それを率いる諸侯達を集めて会盟を行います。
その場でキュウカは、集った諸侯達にこの度の東大陸連合軍との戦いに於ける全軍の指揮を執る総大将は飽くまで自分である事を認める旨の誓紙を認めさせると共に、祖国の女王に対し、自分へと全軍を統べる権限を持つ元帥として認める証しに玉杖を授ける事を求めました。
キュウカは、女王への求めが認められ正式に全軍を率いる元帥となると、その証したる玉杖を手に諸侯・諸将達へと軍紀の厳守を命じ、それに反する罪を犯したものは身分の如何なく厳罰に処する事を言い含めました。
それを聴いて諸侯の多くが、その内心で大いに震え上がります。
更にキュウカは、信頼する諸将に諸侯の補佐役を任じると、連合国軍との戦いに臨むべく再び進軍を開始しました。

斥候の報せにより、連合国軍が既に布陣を終え待ち構えている事を知ったキュウカは、自らの眼で敵の布陣を確めた後、その本陣を敵の眼前に晒す形で布陣を果します。
従う諸侯の内より、その布陣の愚を嘲笑う声が聞こえるとキュウカは、『自分達が先に戦場に至る事を果せていたならば、その有利を活かして敵に奇襲を掛ける策もあったが、思い掛けない来客を迎えなければならず、それも叶わなかった。備えを果した敵を相手に、無駄な策を弄して徒に味方の将兵を疲れさせる訳にもいくまい。ここは、ただ威風堂々として構えているのが上々』と笑って応えました。
これに習い布陣を果したサイフォン以下の諸将の振る舞いにより、敵に一日の有利を許した自軍の動揺を収めたキュウカ軍は、無事にその布陣を終えます。
中央にキュウカの本陣、左右にサイフォン・ウリョウの両陣、その背後にサッペンハイムの諸将が率いる各陣が置かれ、そして、最後列にサ・ルサリア諸侯の陣が配されました。
その陣容を聞き、敵である連合国軍の主将は、味方の全軍を以って最前のキュウカの本陣を衝く策を計りますが、それこそがキュウカの求める所だとアタウに諌められて思い止まります。
自らの本陣を囮に敵を誘い出し、これを破らんとしたその策をアタウに見破られたキュウカは、見張りの兵を立てると、全軍に戦いの英気を養うよう休息を許し、自らも諸侯・諸将を集めて宴席を設け、将兵に酒を振舞いました。
その宴の席で、サッペンハイムの諸将が、大いに酒を楽しみ、自らの芸を披露して場を盛り上げると、キュウカも共に笑い共に喜んで自らも芸を披露して場に華を添えます。
そんなキュウカ達の姿を諸侯達の多くが冷淡視しますが、その諸侯達の中に在って最も若き青年である一人の諸侯がキュウカに問います。
『公爵、否、元帥、我等、諸侯の多くはこれから先の戦いを思って酒の味も楽しめない有様なのに、何故、貴方達はその様に浮かれていられるのですか』と。
それに対し、キュウカは、笑って答えます。
『勝利の既に決した戦いを何故に恐れる必要があろうか。この宴は、その戦勝の前祝。我がサッペンハイムの将兵でこれを楽しまぬ者は、私と戦場を共にした事の無い初陣の者達位であろう』と。
その言葉を聴いて件の諸侯は尚更に、そのキュウカ達の振る舞いを不思議がります。
『やはり、大公は、既にこの戦いの勝利を確信しておられましたか』
サイフォンは、キュウカの口から語られた言葉に、自らの予想通りだった事を喜び、杯を呷って大いに笑い声を上げます。
『何故、戦ってもいないのに勝利を信じられるのですか』
件の諸侯は、キュウカ達の遣り取りを訝り更に尋ねます。
『その答えは唯一つ。それは、敵の大将があのアタウという者ではないからだ』
そう答えて、キュウカは、更に言葉を続けます。
『私も、敵の大将があの者であったならば、実際に戦う前に自らの勝利を信じられはしないであろう。それ程までに、あの者は手強い相手だ。しかし、彼が副将という地位に止められている限り、我が軍の勝利を疑うに理由が無い』
『大公、貴方は仮にあの者が相手で在ろうと勝てる策を既にお持ちなのではありませんか』
サイフォンは、キュウカの心中にある秘策の存在を指摘して、再び酒杯を呷ります。
『如何にも、将たるもの必ず勝てる備えなくして、何故に兵を率いて戦う事を望むモノか。唯、彼の者の苦難を思えば、それを用いるのが忍びないだけだ』
キュウカのその言葉を聴き、サッペンハイムの諸将は、この度の戦いの勝利が疑い無き事を知ります。
そして、その言葉の真実は、この数日の後に交えられる連合国軍との戦いによって示される事になるのでした。

対峙した両軍が互いに動かず相睨み合う事の七日目にして連合国軍に動きがあります。
アタウは、自らが直接にキュウカの許へと赴き、彼を説得する事を主将へと申し出ました。
そして、それを許されると、僅かな護衛の兵のみを連れて、キュウカの本陣の前に進み出でます。
キュウカは、アタウの意図を知ると、自ら親衛騎を連れて彼の求めに応じました。
キュウカの人物をして、深慮遠謀の名賢と讃えたアタウは、その賢明なる者が何故に他国の領土を侵し奪わんとするのかとその過ちを挙げると共に、これ以上の戦いを求めず兵を引く事がその名声を全うする術であると説得します。
それに対しキュウカは、連合国の諸王がサッペンハイムの豊かさを羨み、浅ましくもそれを奪い支配しようとした事を天下の大罪として厳しく咎めました。
アタウは、キュウカの言に一理を認めますが、支配に対し支配を以って報いる事を仁者の行いに違うモノだと説きます。
それに対しキュウカは、東大陸連合国の国力とサ・ルサリアの国力を比べれば、それはまるで『丈夫(大人の男)』と『竪子(子供)』程に力の差があることを挙げ、年長者は年少者を深き愛情を以って教え導く存在であるべきなのに、それに反して弱き者から力尽くで宝物を奪わんとする愚行を指して、憤りを顕わにします。
道理を説かれて言葉を失うアタウに対し、今度は逆にキュウカが何故に将として兵を率い戦うのかを問います。
自らの故国の安寧を護る為だと答えるアタウ。
その言葉を聴いたキュウカの表情には、更なる憤怒が宿ります。
『我が主にして、今は亡きサッペンハイムの大公・フィラムは、その性は穏やかにして和を尊び、何よりもその祖国と領内の平穏を愛し求めた仁君であった。しかし、貴国の暴虐極まりない侵略から領民を護ろうとして戦い、その為に尊き生命を落した。私は、不才なる身なれど、大公より後事を託され、その最後の願いに報いる為、領国の安寧を誓った。嘗て、大公は、救国の志しを抱き集った無頼の徒を統べていた私と領内にて邂逅し、我が身を流浪の者と知りながら、その身分の差を越えて礼節を尽くして臣下に迎え、実の子に対するが如く深き情けを以って報いてくださった。仮令、この戦いが天の意志に逆らう行いであろうとも、私は、亡き大公の恩を裏切り、その最後に誓った約束を違える訳にはいかないのだ。この我が戦いが天下の秩序を乱す振る舞いであり、それを防がんとする貴公に真の大義が在るというならば、私は、我が同胞の自由を守る為に、《軍神》の名を以って貴公に大義を与える天に弓引き、その悪逆の穢れを以って復讐の鬼神と為る事すらこの身の誉としよう。だが、上天は自らが過ち、この世に偽りの王を在らしめた事を恥じ嘆き、我にその偽りの王を討ち、混乱する世界に新たなる秩序を打ち立てるという天命を与えた。アタウよ、私と貴公、天の意志によって選ばれし真の王に仕える者は何れか、ここで決せん!』
キュウカは、その厳しく言い放った言葉と共に乗騎の<白皇>へと鞭を入れ、単騎でアタウと挑みます。
師より託された<烈華槍>を振るい戦うキュウカの武勇は、常の彼の穏やかさとは真逆の熾烈なモノでありました。
その一騎討ちに奮い立つ両軍の将兵の中で、サッペンハイムの諸将達は、キュウカの抱くその意志の貴さに対し、感涙で頬を濡らします。
キュウカの繰り出す攻撃を見事に受け止め凌ぐアタウ、しかし、その心中では、キュウカこそが天の意志に選ばれた真の士であると自らの敗北を悟っていました。
互いに打ち合うこと数十合を数えても尚、キュウカとアタウの一騎打ちに決着は着きませんでした。
『《軍神》キュウカよ。将の戦いは、自らの振るう刃で決するモノに非ず。その用兵の采配を以って決すもの。この勝負、貴公に譲ろう!』
そう言い放ちアタウは、自らの乗騎に鞭を入れ退きます。
陣営に帰還したアタウは、キュウカがその怒りを抑えて自分に情けを掛けた事を心中に察しますが、一軍の将としての務めを全うするべく覚悟を固めました。
そして、キュウカも又、次に相見える時こそがアタウとの真の決着を着ける決戦となる事を予見していました。
こうして、両者の想いがぶつかる決戦の舞台の幕が開かれる事になります。
それは、キュウカの胸に悲しみ深き勝利の痛みを刻み込む事となる戦いでありました。

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