<英雄>と言えば、歴史・史実、神話に伝説・ファンタジーと、数多に存在していますが、ここで語るのは、乱世という人間の世界に生き、その想いと意志を以って、《軍神》の名を戴く事となる一人の英雄についてです。
その名をキュウカ、若くして隠遁の生活に身を置き、自らを号して「至聖」と名乗っておりました。
彼の人は、双子として生まれ、更には誕生の時より、目が開き歯が生えているという奇相であったが為に、古き因習に捉われる一族の者から不吉とされ、共に生まれた双子の妹と一緒に、川流しにされてしまいます。
幸いにも、生命を失うこと無く、生き延びた彼は、権力者の悪政に逆らって野に暮らし、悪行ある人間から財を奪って、日々の生きる糧としている<野賊>と呼ばれる集団の頭領に拾われ育てられます。
数年の歳月が経ち、成長したキュウカですが、その生い立ちの故か、他の子供達と馴染んで、共に戯れ遊ぶよりも、独りで山野に入って散策し、時に物思いに耽る日々を好みました。
孤高に活きるキュウカを、周囲の人々は理解しきれず、キュウカも又、敢て理解されようとはしませんでした。
拾われてから今日に到るまで、頭領を始めとする仲間達の為に役立つ事が出来ないことを密かに憂えていた彼は、ある日、常の如く入った先の奥山で一人の老隠者と出会います。
キュウカの心に憂いが在る事を見抜いた老隠者は、彼の憂いを晴らす為に、武芸を教え授けるべく修行をしてくれます。
その修行の末に、<武の道>を会得したキュウカに、老隠者が、憂いが晴れたか尋ねると、彼は、「武では、一握りの者しか護れない」と応えて、満足しませんでした。
それを聴いた老隠者は、次に知略を教え授ける修行をしてくれます。
修行の末に、<知の道>を会得したキュウカに、老隠者が再び憂いが晴れたのかを尋ねると、彼は、「知では、他者の困難を解決できても救う事は出来ない」と応えて、まだ満足しませんでした。
そこで老隠者は、仁徳を教え授ける修行をしてくれます。
しかし、<仁の道>を会得したキュウカは、「仁では、他者を慰められても、本当にその人間を助ける事は出来ない」と応えて、満足しませんでした。
最後に、老隠者が、統率を以って他者を護り安んじる事を教え授けると、キュウカは、遂に自らの想いに適うモノを得たと、大いに満足しました。
その邂逅の果てに、キュウカの成長を認めた老隠者は、彼に最早教えられるモノは何も無いと悟り、自らは再び流浪の旅に出ると告げます。
その別れを惜しむキュウカに対し、老隠者は、別れの言葉の代わりに、彼の行く末を遠見し、その宿命の助けとして、一つの解(忠告)とそれに対する報い(手助け)の誓いを授けてくれました。
その解とは、彼が大望を懐き、その想いを人間の世に在って叶えようと求め望むのならば、その想いは、千の味方の死と引き換えに、万の敵の生命を奪い、その屍を積み重ねてのみ到る事のできる苦難の道であること。
それを望まないのなら、その身を隠遁に預け、決して深く人間の世の事に関わってはならないというモノでした。
そして、それでも尚、キュウカがその宿命を受け入れ、自らの大望のために戦う意志を固く懐いたのならば、その時には助けとなる物を授けから、再びこの場所を訪ねて来るようにというモノでした。
師たる老隠者の大きな恩と思い遣りに感謝するキュウカに対し、老隠者は、唯ただ穏やかに笑んでその元を去っていきました。
その修行の末に、憂いを晴らしたキュウカは、自ら進んで仲間達の為に尽くし、その才覚を以って、養い親である野賊の頭領を始めとする周囲の人々から信頼されるようになります。
キュウカにとって、決して平穏とは呼べなくても、その苦難の中に穏かな安らぎのある日々はしかし、長くは続きませんでした。
生まれながらにして捨て子となったキュウカが、その求める先に得た居場所は、時の為政者達によって奪われる事となります。
それは、キュウカが身を置く野賊に対し、為政者たる領主が討伐の兵を挙げたからです。如何に百戦錬磨の野賊達といえども、多勢に無勢で討伐隊に敵うべきもなく、奮戦も虚しく敗れる事となります。
集落に攻め込んだ討伐隊は、其処に居る者全ての生命を無差別に奪っていきました。
死を覚悟して戦う事を選んだ野賊の首領、キュウカも又、彼や他の仲間と共に戦う事を望みます。
しかし、首領はそれを許しませんでした。
そして、キュウカに対し、生き残った戦う力の無い者達を護って、逃げ生き延びる事を求めました。
それでも尚、共に戦う事を望むキュウカに対し、首領は、自分が彼のことを実の子供のように大切に想っていること、そして、何より彼を信頼し、自分達のように権力者に虐げられる人間がいない世の中を造って欲しいという想いを託します。
その想いに従い、キュウカは活きる道を選びます。
戦火烈しい集落を脱したキュウカ達を、討伐隊は見逃すことなく、執拗なまでに追撃してきました。
その追撃から逃れ走る道中に、キュウカは幾度とも無く、残忍な人間の振る舞いによって、同じ人間が無残に生命を奪われる残酷な現実の有り様を見せ付けられます。
その光景を目の当たりにする中で、キュウカは、「他者の物を奪って生きる野賊の行いが罪としてこの様に裁かれるのならば、他者の者を奪わなければ生きられない世の中を造った権力者達の罪は誰が如何さばくのか」と、天と、そして自らの心に問いかけます。
仲間を護る為に、必死で敵と戦い続ける中で、キュウカと仲間達は散り散りになり、彼は何時しか独りとなった逃走の道中で、大切なモノを何も護れなかった自らの非力さに絶望します。
絶望に打ちひしがれる心を抱えて、当ても無く孤独に流浪するキュウカは、活きる希望すら見失おうとしていました。
それでも尚、活きなくてはならないと自らに言い聞かせ流離う彼は、故郷を遠く離れた地で、一つの運命的な出会いを果たします。
それは、若くして隠遁の生活に身を置く、女隠者・リアとの出会いです。
リアは、心身ともにやつれて倒れていたキュウカを見付けると、自らの庵に連れて行き、介抱してその生命を助けると共に、彼が心に懐く深い苦しみが癒えるように、一時だけその悲しみを心の奥に仕舞って活きることを教え諭しました。
キュウカは、世の中の有り様を憂え、これ以上に心を疲れさせる事を忌んで、リアの言葉を受け入れ、彼女を師として、隠遁に己の身を置く事を選びました。
若くして隠者の身となったキュウカは、その身の目指す先のお想いを込め、自らを何時か神明の悟りに至らんとする者という意味を以って、「至聖」と号するようになります。
そして、彼は、師たるリアの教えの許、唯穏やかに生きる日々を過ごしていきました。
その身を隠遁の生活に置いて生きる道を選んだキュウカでしたが、その心の憂えを経つ事が出来ずにいました。
そして、キュウカは或る時、師の目を盗んで街に出掛けた際に、己の心の憂えを持て余して、廃屋の壁に、憂国の想いを込めた詩賦を書いてしまいます。
それを見たのが、キュウカ達師弟が身を寄せる公国の宰相たる人物・コウショウで、キュウカに興味を抱き、その人物と才識を深く知ると、彼を大いに気に入り、彼とリアの為に多大な援助をし、更には、キュウカを自らの娘婿に迎えようとまで望みました。
リアとキュウカ自身の辞退により、婿入りの話が叶わなかった後も、コウショウは、キュウカの事を実の子の如く慈しみ、キュウカも又、彼を実の父親に対するが如く敬いました。
嘗て、南海の小群島国に真なる自由に培われた理想郷を創らんとして戦った一人の英雄が居りました。 その名は、キュウカ。 自らを隠号して、『至聖』と名乗る。 その生涯に於いて、戦場に身を置き勝敗を求める事、大小を合わせて六十余度、その内に敗れる事は唯一度という類い希なる将器を誇る。 彼を良く知る者、その戦場に於ける振る舞いを讃えて《軍神》と呼び、大いに畏敬する。 彼の者、何も持たざる身に始まり、遂には、他者の遠く及ばぬその偉業を以って、その声望は、一万年の後に及んでこれに並ぶ者無き人世の真なる王者と讃えられるに至った。
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補註・『コウショウという人物について』
アンショウ公国の宰相であり、公王・ナシカの旧知の友にして、その妹姫を娶っている義弟たる人物。
ナシカが公子であった頃、その自由気ままな素行で父王より疎まれていた際、他の者たちが敬遠する中、彼はより親密な付き合いをしました。
ナシカが、王位継承の争いによって従兄より兵を差し向けられると、ナシカを慕う者たちを集めた義勇兵を率いてこれを討ち破りました。
その後は、ナシカの側近として常に彼の傍らに在り、その行いを諌め彼を父王に勝る偉大な王へと変貌させました。
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