キュウカは、サッペンハイムの都城に戻り入ると、文武百官と将兵を宮殿の中央に集め、更には、都城から宮殿までに至る門戸の全てを開いて、そこに集いし者達に向け、東大陸連合国討伐の為の宣誓をします。
それは、自らが大公として東大陸連合国の盟主に頭を垂れる事によって、公領の平穏が約束されるのならば喜んで臣従の礼を取り、朝貢の節を行う覚悟を語る言葉から始まりました。
聴く者達の多くが、これから戦いに臨もうとする者に相応しからぬその言葉に訝る中、キュウカは、更に言葉を続けます。
しかし、ここで自分が東大陸連合国に屈服したならば、彼等は臣従ではなく隷属を求めるであろう。
自分一人がその恥辱に耐えるだけで済むのならば、それを受け入れても良い。
だが、この公領に住まう者達の全てが子々孫々の末まで、その恥辱に耐える姿を見る事だけは忍びない。
だから、自分は、亡き先公が愛した領国とそこに住まう全ての民の誇りを護る為、サッペンハイム大公として、東大陸連合国の支配を討ち破る戦いに臨むのである。
そのキュウカの宣誓を聴いて、諸官、将兵に止まらず、聴衆の全てが心を振るい起たせずにはいませんでした。
そんな、人々の姿を前にして、キュウカは、更に言葉を続けます。
しかし、敵は強大にして、その力は我々に倍する。
故に、この戦いは、私を信じ従う意志のある者のみで挑む。
皆、この私を信じ、公領の未来を託してくれるならば、どうか共に戦って欲しい。
それは、一国の大公が臣下に対して向ける命令ではなく、一人の故国を想う漢が同志である者達に求めた真摯なる願いの言葉であった。
如何なる時にも、自らの利を捨て他者の為に持てる物の全てを尽くして報いてきたキュウカという英雄が、今、自分達に望み求めるモノの高潔さを知り、諸官、将兵を始めとする全ての者が感涙を浮かべずには居られませんでした。
皆、零れ落ちる涙を拭うと、揺るぎ無き覚悟を以って、キュウカの意志に従う宣誓を叫びます。
それを聴いて一度大きく頷いたキュウカは、彼等を統べる大将として、そして、彼等の父であり兄である大公として、命令します。
『この戦いは、勝った者が英雄ではない。生き残った者こそが英雄だ。皆、必ず生きて再び、この美しきサッペンハイムの蒼き空を仰ぎ見る事を望むのだ!』
キュウカの口から紡がれたその言葉に応える様に、上天にあるその空はどこまでも蒼く澄み渡っていた。
公国の自由を摑かみ取る為の戦いの準備が進められる中、ある日、サイフォン将軍が、キュウカの許を訪れます。
その訪問を迎え入れたキュウカに対し、サイフォンは、彼が未だ大切な務めを一つ果し忘れていると告げました。
サイフォンは、自分の言葉が指し示す意味を測り兼ねているキュウカに、それは彼が未だ妻を迎えていない事だと言います。
国の大事を前にして、私事に心を割いている訳にはいかないと応えるキュウカに、サイフォンは、国の大事であり、そして、キュウカにとってこれから臨まんとしている戦いが重い事であるからこそ、自らに近き事を疎かにしてはならないと諌めました。
そして、サイフォンは、キョウナ・メイファ・リレイ・ルィーファの四人が隠してはいるが共にキュウカの事を想い慕っている事、そして、キュウカ自身が、その四人の密かな想いに気が付いている事を指摘します。
それに対し、これから死地に赴き明日をも知れぬ身である自分が、如何して、彼女達の想いに応えられようかと応えました。
その言葉を聴き、サイフォンは、自らを想い慕ってくれる者達に報いられない人間に如何して、艱難辛苦に満ちた戦いの勝利が与えられようかと諌め、そして、嘗て自分とキュウカが邂逅した際に、キュウカから告げられた諫言である『その死を聞いて泣いてくれる者があるならば、容易く生命を失う事を求めるな』という言葉を告げて、死地に赴く身なればこそ生きて戻る為の大きな未練を残すべきだと説きます。
サイフォンが、自分に求めた真摯なる想いを知ったキュウカは、その勧めに従い、キョウナ達四人に自らの想いを告げ、彼女達を妻に迎えました。
キュウカの婚姻を喜び沸き立つ領内、しかし、それを狙うかのように東大陸連合国の先兵が公領の西岸に現れ、その襲来によって祝宴が乱されます。
キュウカと貴妃達の心を慮り、自らが赴かんと求めるサイフォンに対し、キュウカは、婚姻の祝宴という娶られる者にとって最良であるべき祭事を乱す敵の無粋に憤りを示すと、婚礼の正装のまま鎧を身に纏い自ら迎撃の采配を振るうべく討って出ました。
キュウカの憤怒が、貴妃達に対する深い想いの現われである事を察したサイフォン達諸将は、祝宴の主役である四人の貴妃を祝いの席に止め、各々が主妃たる四人へと祝いの狩猟を以って祝宴に彩を添えるという言葉で戦いの勝利を誓って出陣します。
その言に違わぬ諸将の活躍目覚しい奮戦によって、キュウカは、敵軍を散々に討ち破り敗走させました。
キュウカは、華々しい勝利を以って自らの婚姻の祝いとして、迎えた四人の貴妃達の許に凱旋します。
その無事を大いに喜ぶ貴妃達でしたが、危急たる国の大事を以って自らの大事とし、キュウカに自分達の事には構わず、大公としての務めを全うする事を求めました。
そして、メイファとルィーファの二人は内に在って宮中の事を治め、キョウナとリレイの二人は外で共に戦う事でキュウカを助け支える事を誓い、更には、今日に結ばれた縁を重んじて四人が共に姉妹の如く相睦み、決して私情でキュウカの心を乱し煩わせない事を重ね誓いました。
四貴妃が示す深い想いにキュウカは感謝し、必ず生きて勝利の栄光を故国に齎す事を誓います。
そして、キュウカは、東大陸連合国討伐に対する自らの意志を記した檄を天下に発し、それを以って、敵に対する宣戦布告としました。
明くる朝、キュウカは、出仕した諸将に開戦の日時と集結の場所を告げると、自らの親衛騎を率いて都城より出陣します。
ここに、キュウカにとってその天命を果す為の最後にして最大の戦いの火蓋が切られたのでした。
嘗て、南海の小群島国に真なる自由に培われた理想郷を創らんとして戦った一人の英雄が居りました。 その名は、キュウカ。 自らを隠号して、『至聖』と名乗る。 その生涯に於いて、戦場に身を置き勝敗を求める事、大小を合わせて六十余度、その内に敗れる事は唯一度という類い希なる将器を誇る。 彼を良く知る者、その戦場に於ける振る舞いを讃えて《軍神》と呼び、大いに畏敬する。 彼の者、何も持たざる身に始まり、遂には、他者の遠く及ばぬその偉業を以って、その声望は、一万年の後に及んでこれに並ぶ者無き人世の真なる王者と讃えられるに至った。
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