ある時、キュウカの情け深さとその高潔なる意志を慕う人々の声により、彼を王女の伴侶に迎え、その後に、王国の新たなる主に戴こうとする気運がたかまります。
サッペンハイム公爵は、それを王国にとっても好ましき事と考え、キュウカに対し、その意志を測りました。
しかし、キュウカは、「王位とは、人間の意志によって決められるモノではなく、上天の意志によって定められるモノです。測るに、私にはこの国の王となる定めは許されてないようです」と応えて、王位を望まぬことを示しました。
何故、彼が、自らに王位を望まなかったかと言えば、それは自分が王位を望むことで、反対派によって国が二分され乱れる事を恐れると共に、自らには、果たさなくてはならない事があり、自分もまたそれを望んでいる事を良く知っていたからでした。
それから、数年の後、彼にとっての正に<天命>と呼ぶべき戦いに臨む時が訪れます。
それは、遠く離れた地からの一つの知らせに始まります。
キュウカの故郷のある西大陸にて、東の大国にして、他の公国・諸侯を統べる盟主国が、自らの統治を以って属国を治めようと兵を挙げたという知らせでした。
それは、キュウカが救国の想いを懐いて、親友であり主であるカムサの下を去ってより、五年を数えようとする歳の出来事であった。
故国の大難の知らせを知ったキュウカは、嘗て交わした約束を果たすべく、大恩ある公爵の許を訪れ、官を辞してその許を去るべきを伝えます。
驚きながらも、それを認めた公爵は、キュウカの今日までの功労に報いる為、自らの兵の内から精鋭を選んで、キュウカに親衛騎として与えようとしますが、サ・ルサリア国が、長く西にある大陸の大国に狙われている事を知るキュウカは、公爵の申し出を辞して、単身での帰還を求めました。
サ・ルサリア国を訪れ、そこに身を置いてよりの縁深き人々に短い別れを告げたキュウカは、故国の窮地を救うべく、独り帰還の旅路につきました。
その焦る気持ちに押されて、強行軍に継ぐ強行軍で、故国への帰還を果たし、無事に親友の待つアンショウ公国の都城に入ったキュウカは、故郷を懐かしみ親友との再会を喜ぶ暇もなく、預けてあった領郡の城砦の陥落と、それによる防衛の為の最終決戦という窮地の状況を知らされます。
繰り返された戦いによって、味方で戦える者は五千にも満たないのに対し、敵は目の前にいるだけでも一万は下らないという残酷な状況にあって、キュウカが、戦況挽回の策を計る中、カムサは、その明知を頼み信じて時を稼ぐべく、篭城の策を採りました。
親友の為、そして、故国の為に、起死回生の策を計り求め、苦しみ悩むキュウカ。
その想いも虚しく、敵兵の動きが烈しくなる中、彼の許に一通の書状が届けられます。
それを読んだキュウカは、求めていた窮地を打破する策が成ったと、カムサへと告げました。
そして、明日の明け方、敵が襲来する前に、こちらから討って出る為、今夜は見張りの兵以外を、十分に休ませるように進言します。
それに対し、他の臣下や将達が、訝り不信がる中、カムサのみはキュウカの言葉を信じ、その言葉に従って、将兵達に休息を命じました。
一夜が明けると共に、備えを整えて、討って出ようと計るキュウカに対し、諸将は皆それを躊躇い渋ります。
キュウカは、それに対し、説得を試みる事無く、カムサ王に向けて、出撃の命を下す様に求めました。
それでも尚、渋るならば、唯一度だけ討って出た後、敵と刃を交える事無く、城に戻れば良いといってのけます。
それを聞いた将の内、カムサの側近として親衛を務めるウショウとロンウの二人のみが、配下の兵を率いて従う事を、カムサへと申し出ました。
キュウカは、二人の申し出に大いに満足をすると、カムサに対し、出撃の礼をとる振りをして、密かに自分達が討って出た後、敵と刃を交えて直ぐに退却の合図をする様にと指示を告げました。
いよいよ、討って出て敵の陣営に奇襲とも言える攻撃を仕掛けたキュウカ達ですが、その攻撃が功を奏することはなく、直ぐに敵の一軍によって押し戻され、勢いを失います。
そこに、キュウカの求め通りに、撤退の銅鑼が打ち鳴らされ、全軍が一気に退却することとなります。
それに勢い付いて、追撃してくる敵兵を、キュウカは巧みに殿の位置に在っていなし、無事に撤収を果たしました。
キュウカ達の籠もる城の門を破ろうと、敵兵が躍起になる中、突如としてその背後から、数十の小隊に分かれた軍勢が現れます。
その数、総勢一万、それを見たカムサ達は敵の増援と判断して、その命運が尽きた事を覚悟しました。
しかし、その現れた一軍の旗印は、<盾に描かれた大樹>という、西大陸には不在の諸侯のモノでした。
訝るカムサ達に対し、キュウカは笑って言います。
「あれこそは、紛れも無く、我等を助ける為に現れた援軍だ!」と。
そのキュウカの言葉に違わず、その一軍の主将を務める将は、城を取り囲む皇国の兵士達に対し、宣戦布告の名乗りを上げます。
その将こそ、キュウカの腹心にして、サ・ルサリアのサッペンハイム公軍で最も猛々しき将と讃えられるサイフォンでした。
サイフォンの号令の許に動いた兵達が、敵兵を蹴散らすのを見て取ると、キュウカはカムサに対し、討って出ることを進言します。
その言に、先程の出撃が、敵を欺き誘い出す為の策である事を悟ったカムサは、諸将に出撃の命を下し、自らも討って出ます。
キュウカは、サイフォンとその兵達と合流すると共に、その見事な采配を以って、浮き足立った敵兵を一気に打ち破り敗走させました。
味方の疲労の深さを考えて、深追いを避けたキュウカは、サイフォン達と共にアンショウの都城へと凱旋します。
軍装を解き、落ち着いたところで、キュウカがサイフォンへ事の次第を問うと、彼は全てはサッペンハイム公爵の考えだと、公爵が認めた書状を手渡します。
そこには、キュウカのことを想い、その助けとしてサイフォン以下一万余の精鋭を援軍として派兵した旨と、更には、軍資金として幾ばくかの物を彼等に託した事が記されていました。
その書状の内容を読んで、公爵への感謝を示すキュウカに対し、サイフォンは、公爵からの預かり物は、或る人物に預けてあるので、直ぐにでも取りに行くべきだと告げます。
その品物の在りかを訊いたキュウカは、返ってきたサイフォンの言葉に、それが奪われた自らの領郡の城砦に在ると知ると、驚いた後に、彼の城砦を取り戻す術が転がり込んだと大いに喜びました。
キュウカは、件の城砦の奪還に備え、サイフォン達将兵に休息を踏まえた待機を命じると、早速にその詳細を計るべく、カムサの許を訪れました。
先の戦いの勝利の立役者として、キュウカに感謝を述べると共に、改めてその再会を喜んだカムサは、その場で一人の女性をキュウカへと引き合わせました。
その女性の名はメイファといい、キュウカが去った後、彼に代わって彼の領郡を護り治めていた将の妹で、兄が皇国との戦いで生命を落すとその忘れ形見である娘を護って、アンショウの都城に落ち延びてきていた存在でした。
メイファは、キュウカの前に進み出ると、兄に代わって彼の所領を失った事を詫びます。
それに対し、キュウカは、「奪われた城なら再び取り戻せばそれで良い、しかし、奪われた生命は如何なる術を以ってしても償いようが無い」と、逆にメイファとその姪に対し、自らの至らなさにより、取り返しの叶わないことをしたと詫びました。
嘗て、南海の小群島国に真なる自由に培われた理想郷を創らんとして戦った一人の英雄が居りました。 その名は、キュウカ。 自らを隠号して、『至聖』と名乗る。 その生涯に於いて、戦場に身を置き勝敗を求める事、大小を合わせて六十余度、その内に敗れる事は唯一度という類い希なる将器を誇る。 彼を良く知る者、その戦場に於ける振る舞いを讃えて《軍神》と呼び、大いに畏敬する。 彼の者、何も持たざる身に始まり、遂には、他者の遠く及ばぬその偉業を以って、その声望は、一万年の後に及んでこれに並ぶ者無き人世の真なる王者と讃えられるに至った。
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