嘗て、南海の小群島国に真なる自由に培われた理想郷を創らんとして戦った一人の英雄が居りました。 その名は、キュウカ。 自らを隠号して、『至聖』と名乗る。 その生涯に於いて、戦場に身を置き勝敗を求める事、大小を合わせて六十余度、その内に敗れる事は唯一度という類い希なる将器を誇る。 彼を良く知る者、その戦場に於ける振る舞いを讃えて《軍神》と呼び、大いに畏敬する。 彼の者、何も持たざる身に始まり、遂には、他者の遠く及ばぬその偉業を以って、その声望は、一万年の後に及んでこれに並ぶ者無き人世の真なる王者と讃えられるに至った。

2007年12月23日日曜日

軍神記‐叙伝‐第十五話

東大陸連合国軍との大戦を制し、アタウを降したキュウカは、帰還した陣営の内に在っても敗残の将という身の上の彼に対して、慎み深い礼節を以って報いました。
そして、キュウカは、アタウの才をこのまま無駄に終わらせる事を惜しみ、自分に仕える事を求めました。
そんなキュウカの振る舞いに対し、アタウは、心からの感謝を抱きますが、自らが一国の王に仕え郡領を治める領主であり、そして、そこに妻子を残している身である事を理由にそれを受け入れようとはしませんでした。
キュウカは、アタウの忠節を尊いモノと認めますが、その忠節を捧げる主の暗愚を挙げ、加えて、その国主達を統べる盟主国の王の不義を挙げます。
アタウは、そのキュウカの言葉を穏やかな心を以って受け止めますが、それでも臣下として主への忠節を曲げる訳にはいかないと応えました。
しかし、アタウの心には既にキュウカという存在に対する畏敬と心服の想いがありました。
そして、アタウは、キュウカに、今一度、主への説得を行い、盟主国の王に対してサ・ルサリアとの和睦を図る故に、それを受け入れて欲しいと懇願します。
キュウカは、その第一に東大陸連合国の盟主自らとの会盟を以って和睦の議を図る事、第二に飽くまでこの度の戦の始まりが東大陸連合国のサ・ルサリアへの侵略が起因すると認める事、そして、最後にアタウがサッペンハイム公国の公爵である自分に仕える事、その三つの条件を出して、彼の申し出を受け入れました。
アタウは、示された三つの条件の内、前の二つ必ず認めさせる事を誓いますが、最後の一つに関しては、仮令、東大陸連合国とサ・ルサリアが和睦しようとも、自分が仕えるのは今の主のみだとそれを受け入れる事は出来ないと応え、その代わりにアタウは、自分が存命である限り身命に懸けて、何者にも再びサ・ルサリアの領土を侵させはしないと約束しました。
キュウカは、その言葉に示されたアタウの信念を感じ取ると、その約束を以って和睦の証とする事を認めます。
そして、アタウは、信義を必ず果たす証として配下の将兵達の身柄を人質にキュウカへと預け、主の説得に赴こうとしますが、キュウカは、それを止めると、虜としてあったアタウ配下の将兵を全て解き放ち、彼に従わせました。

その自分の許しを得て、両国の和睦を図る役目を担う事となったアタウを見送った後、キュウカは、その判断に幾許かの不安と憂いを抱きます。
そのキュウカの様子を見たシェーリーは、キュウカにアタウの事を信じられないのかと問います。
それに対し、キュウカは、自分はアタウを信じられないのではなく、アタウの主たる国主を信じられないのだと答え、アタウをその主の許に返してしまった自らの軽率さを後悔する想いを吐露しました。
そして、キュウカは、シェーリーへとその身の危険を十分承知しながらも、いざという事が彼の身に起ころうとしたならば、その危難から救ってやって欲しいと懇願しました。
シェーリーは、キュウカが自分へと寄せる信頼の深さを知ればこそ、その願いが如何なる意味を持つのかを理解し、それを快く引き受けました。

無事に故国への帰還を果たしたアタウは、その主へと自らの不才を以って同胞たる者達を戦場に虚しくさせた事を詫びた上で、キュウカと交わした誓いを果たすべく、和睦に向けてその説得を試みます。
そして、そのアタウの進言により、連合国盟主へのサ・ルサリアとの和睦を図る会盟が行われる事となりました。

東大陸連合国の盟主国国都にて図られたその会盟には、全ての諸侯が集いました。
そして、アタウはその場に於いて、自らの祖国に対する忠信の全てを尽くし、サ・ルサリアとの和睦を果たすべき事を盟主へと訴えます。
その言には、微塵の私心も無く、全ては祖国の安寧を想えばこその進言に他なりませんでした。
アタウの口から語られる言葉に、彼と戦場を共にした諸将達の多くは賛同の意を抱きましたが、キュウカの将才を知らぬ諸侯や戦いに敗れて領土を失った領主達の言により、それも封じられてしまいます。
それでも尚、祖国の為を想い言葉を紡ぐアタウに対し、先の戦で主将を担った者より、その敗戦の責を逃れんとする奸言だという卑劣な讒言が放たれました。
その戦場に在って真実を知る者は、会盟の場に数多いましたが、主将である者の身分の高さと権威を恐れて口を紡ぎました。
そして、盟主自らも又、小国の領主に過ぎないキュウカの前に、その恥辱を示す事への面子に拘り、アタウを厳しく叱責すると、更には、その主たる国主にまでその怒りをぶつけます。
自らに向けられた盟主の怒りに恐れ慄いたアタウの主は、その身の窮地から逃れるべく事の全てをアタウへと擦り付けて弁解を図りました。
主たる存在からアタウへと向けられるその言及は、遂には、彼とキュウカの内通を疑うモノにまで到ります。
アタウは、その身に向けられた謂れも無きに等しい罪の矛先を受けながらも、遂に、最後の最後まで弁解の一言すら洩らさず、主から与えられる恥辱に耐え忍びました。
それは、自分が逆らえば、故国に在る妻子の身が危うくなる事を良く知っていたからでした。
アタウは、会盟に集った全ての者達の残酷なる裏切りに晒されながら、これがキュウカをして《軍神》たらしめた強き意志の理由である事を深く理解しました。
嘗て、『白陽の会盟』にてその身に受けた恥辱に耐え、遂にその雪辱を果たしたキュウカの抱きし意志の強さと対峙し、自分を始めとして誰がそれに抗う事が出来ようかと。
『(そう、彼の人は、自らが最も大切にするその一を護らんが為に、その他の全てを他者に譲る事を選ぶ者。それに対し、私は、その他の多くを護らんが為に、自らが最も大切にするその一を諦めて来た。人間がその手に掴む事が出来るモノは、私が思っている以上に少ないのだろう。彼と私との戦いは、私が初めてその一たるモノを諦めたあの時に勝敗を決していたという事か・・・)』
アタウは、自らに逃れられぬ死の宿命が与えられる事を悟り、嘗て、自らの弱き意志によって失った大切な存在であった一人の女性の事をその心に甦らせます。
そして、それと引き換えに得た今最も大切な存在で在る妻子の事を想わずにはいられませんでした。
アタウは、自らの生命を以ってこの度の責の全てを贖う事を求め、その最後の願いとして、別れ逝く事となる妻子に惜別の言葉を告げる許しを求めますが、非情にもそれすら許されず投獄の身となりました。

シェーリーは、キュウカの願いに従い、その身を獄中に置かれ処刑の時を待つアタウを救おうと彼の許に至ります。
しかし、アタウは、今、自分が獄中のより逃げれば、真っ先に妻子へと難が及ぶ事を危惧し、その申し出を拒みます。
そして、その代わりに、自分が告げようとして果たせなかった妻子への惜別の言葉をシェーリーへと託しました。
そのアタウの覚悟を前にして、シェーリーは、唯黙ってその願いを受け入れるしかありませんでした。

シェーリーは、アタウと交わした約束を果たすべく、彼の故国に至りその妻子の所在を求めますが、一足遅く、国主の断罪の兵から逃れる為、臣下の手によってその姿を消した後でした。
再び、アタウの許に戻り、妻子がその身の窮地を何とか脱した事を告げようとしたシェーリーですが、時既に遅くアタウは処刑の身となっていました。

戻ったシェーリーの口より、アタウの死と彼に与えられた仕打ちを聴き及んで、キュウカは、『アタウという人物は、天賦この上ない才を与えられながら、ただその仕える主にのみ恵まれなかった。しかし、口惜しきは、あれ程の比類なき賢才が投獄の辱めを受けて、その身の最後を迎えたことよ』と嗚咽を洩らして深く嘆き、そして、激しく憤りました。
雌雄を決する敵として出会いながら、互いにその才を認め、時に敬服した好敵手たるアタウの死は、キュウカの心に忘却を許さぬ深い傷を刻み込みました。

2007年12月22日土曜日

軍神記‐叙伝‐第十四話

来る連合国軍との決戦を前に、キュウカは、諸将・諸侯を自らの帷幕に集め、軍議を行います。
それまでのキュウカの知略と采配に集められた者達の多くが、その秘策に期待を寄せていました。
そんな周囲の考えを裏切るように、キュウカは、諸人に連合国攻略の策に対する意見を求めます。
それに対し、ウリョウは、自らが別夜陰に乗じて働隊を率い、敵の本陣を奇襲するという策を計り、サイフォンは、自らを先鋒にして敵の第一陣を破った後、その勢いに乗って全軍で総攻撃を仕掛ける策を計りました。
その両者の策を聴いたキュウカは、ウリョウの策に対しては、敵に備えがある時の危険の大きさを、サイフォンの策に対しては、敵の守りが堅く破れなかった時に敵の反撃を防ぎ切れない事を指摘します。
ならば如何するべきかと問う両将に対し、キュウカは、『敵で最も手強き一軍と最も組み易き一軍を考え挙げよ』と求めました。
思慮の末に諸将は、前者に対してはアタウの率いる一軍を挙げますが、後者に対してはその答えを示せませんでした。
それでも満足そうに頷いたキュウカは、前者をアタウの一軍と認め、後者をそれ以外の全てだと答えます。
そして、更にもう一つ、『敵が私の将としての才覚を如何に評しているか知っているか』と問いました。
その答えを持たぬ諸人に対し、キュウカは、『それは「策を弄するに長けた小賢しき者」』だと笑って答えます。
そして、キュウカは、更に言葉を続けて言います。
『敵軍を率いる諸将は、アタウのみ唯一人を除いて、未だこの私の事を侮り油断している。そして、アタウも又、これまでの私の戦い振りを知るが故に、この度の戦に於いても私が知略を以って策を練り、その策謀によって戦いの勝利を計ると考えて、それを警戒している筈。故に、この度の戦、我等は、正々堂々その正面から敵に挑み、これを討ち破る。勝つ為の術は既に我が胸中に在る。唯、未だ足りておらぬのは、将たる皆の覚悟のみ。諸君、私を信じ、油断無くその采配に従うべし。明日の明朝より前に陣を払い、日が昇ると共に決戦へと臨むべく出発をする。遅れる者在らば、身分の別なくこれを裁く。これより見張りの兵以外の皆に休息を与える故、明日の決戦に向け十分に英気を養え』
そう告げて、キュウカは、軍議を解散させました。
告げられた命令に従い、諸将・諸侯が帷幕より去る中、サイフォンとウリョウの二将だけは、そこに止まり残りました。
二人に言葉を掛けられるより先に、キュウカの方から二人に言葉を掛けます。
それは、二人の慧眼を褒め称える言葉でした。
その言葉によって二人は、キュウカが自分達を使って諸将・諸侯達の意識を改めさせた事を確信しました。
苦笑する二人に対し、キュウカは、『この度の戦は、これまでの戦いとは違い、下手に策謀を廻らせれば、逆にそれを相手に利用されて手痛い反撃を受ける事になるだろう。それ程までに、あのアタウという者の智謀は侮れないという事だ』と告げます。
その言葉を受けて、二人は、其々が真剣な眼差しを向けて問います。
『アタウという者、貴方がそれ程までに恐れるに値する存在なのですか』と。
それに対し、キュウカは、『先の戦で、我が策謀によって瓦解した味方を唯一言のみで甦らせたその将器は、賞賛するより畏怖するに値する見事さであった。彼の者がいなかったならば、あの戦いに於ける勝利でこの度の討伐の大局の全てが我が望みのままになっていた筈。それを思えば、この天の差配を恨まずにはいられない程だ』と答えました。
その言葉に、サイフォンとウリョウは、改めて、アタウに対しキュウカが抱く想いの程を知ります。
二人が抱くその感情を読み取り、キュウカは、穏やかなるその眼差しの内に、熱い想いを宿して告げます。
『確かに、あのアタウという者は手強い敵だ。しかし、我が軍には、彼と彼の率いる連合国軍を討ち破る為の幸いが天より与えられている』と。
その言葉の意味を図りかねる二人に対し、キュウカは、更に言葉を続けます。
『それは、私の許に、何よりも信じ頼れる者達を与えてくれた事だ。サイフォン、ウリョウ、そして、今我が許に在って仕えてくれる諸将達、皆の支えが在ればこそ私は、彼のアタウを破り勝利を得る為の術を見い出せた。先の言に偽りは無い。明日の決戦、必ずや我が軍の勝利で終わる』と。
『《軍神》、貴方という存在に率いられているからこそ、我等は何者をも恐れず、如何なる戦にも望めるのです。そして、それは、貴方に従う全ての将兵とて皆同じです』
『そうです。我等、この戦いが始まった時、否、貴方と出会い仕えると誓った時から、貴方を信じ如何なる戦いに於いても恐れる事無く臨む覚悟を決めております。そして、その覚悟は、この先に何が在ろうとも決して揺らぐ事はありません』
ウリョウ、サイフォン、二人の口から語られたその言葉は、正にキュウカに従う全ての将兵達の想いの代弁でした。
『分かった。私は、その皆より向けられた想いに必ず報いよう。サイフォン、ウリョウ、明日の戦いの勝敗は、お前達二人の働きに掛かっている。その活躍、大いに期待しているぞ!』
示されたそのキュウカの想いの言葉に、二将は頼もしいまで強く頷きます。
それを見たキュウカは、これから臨む決戦に対する勝利を確信しました。

陣を払い出陣したキュウカ軍に対し、連合国軍もこれを迎え撃つべく布陣を改めます。
連合国軍の陣立ては、アタウの一軍を先陣に置き、その後ろに構えた本陣の左右に全軍が置かれるという数の有利を活かしての包囲戦を狙うモノでした。
更には、見渡す限りの広い平原に在りながら、その背後に川を配する背水の布陣にキュウカは、それを計ったアタウの決断に流石と舌を巻きます。
その再び死地に活を得んとするアタウの戦術を前にして、しかしながら、キュウカは、不敵な笑みを以ってそれに挑まんとしました。
キュウカは、諸将・諸侯を集めると、その勝利を決する戦術を指示します。
『サイフォン・ウリョウ、其々に軽騎3千の精鋭を預け先鋒を命じる。死力を尽くして、必ずやアタウの軍を討ち破り、彼の者を虜にせよ!』
『ディフ、重騎2千を預ける。これを率い我が左翼を固めよ!』
『ラズウィル殿、歩兵3千を以って我が右翼を!』
『リレイ、キョウナ、其々に重騎2千と歩兵1千を預ける。我が背中の守りを!』
『ヒユウ、軽騎5千を預ける故、我と共に本陣を衝け!今日こそがお前の宿願を我が前に示す時、その嘗ての言に違わぬ勇猛ぶりを以って、この私にお前こそが最高の剣士であるという証を見せてみよ!』
『諸侯の皆々は後詰として控え、攻撃の好機が訪れたと判断したなら、各々が討って出られよ!』
キュウカの命令を受け、諸将の全員がその戦術を理解し、自らに与えられた使命にその闘志を昂ぶらせて奮い立ちます。
それに満足したキュウカは、自らの率いる親衛騎と本隊の兵達に振り返り、その手にした<烈華槍>を振り上げ叫びます。
『我等本隊は、これより敵の本陣を目掛け突撃を仕掛ける!皆の者、死を恐れるな!死を求めるな!唯生きて勝利の喜びを得る事のみを想え!我等が勝ちは既に決している!この戦いは、その誉を得る為のモノ!皆、共に最高の誉れを掴み取ろうぞ!』
キュウカの宣言に、全軍の皆、手にした武器を天高く振り上げて応えました。
『全軍、突き進め!!』
そのキュウカの号令の許、先鋒の二将が駆け出すと、それに続く形でキュウカの本隊、そしてその左右両翼と後ろを固める諸将の隊が討って出ます。
それはまるで、引き絞られた弓によって放たれる矢の如くに疾く鋭い進撃でした。

アタウは、討って出たキュウカ軍の動きを見て取り、その意図がこちらの包囲に先んじる一転突破の本陣への攻撃だと知ると、主将に何が在ろうとも軽挙妄動する事無く構え続けることを忠告し、キュウカ軍先鋒の進撃を食い止めるべく自らの一軍を率いて出陣しました。
それに対しウリョウは、自らがアタウの攻撃の勢いを止め、サイフォンに敵軍の腹を衝いて切り崩す戦術を計り、サイフォンもそれを面白いと快承して従います。
サイフォンは巧みな手綱捌きで乗騎の騎首を回らせ、率いる兵の機動力を活かした戦術で、アタウの軍を大いに攪乱させます。
そして、その隙を突いたキュウカ軍の本隊は、アタウの背後に在る敵本陣へと突進します。
正にそれは正々堂々たる正面から仕掛ける奇襲の攻撃でありました。
その勢いに浮き足立つ敵軍の兵を相手に、キュウカ・ヒユウの軍は大いに暴れ回り、それによって敵の混乱は更なるモノとなります。
味方の本陣を護ろうと左右に備えていた連合国軍の諸侯が動きますが、ディフ・ラズウィルの二将が率いる軍がこれを阻み、それに続く形で突撃してきたリレイ・キョウナの軍が左右より其々に更なる攻撃を仕掛けます。
背後の川に退路を絶たれ、周囲をキュウカの軍に烈しく攻められた連合国軍の本隊は、進退窮まった事に恐怖を抱いた主将が軍の采配を放棄して逃げ出した事により、完全に浮き足立ちます。
そして、その本隊の壊滅を目の当たりにした他の軍も浮き足立ち、遂にはアタウの軍を除く他の全ての軍が総崩れとなりました。
キュウカは、その戦況を具に見て取ると、配下の将兵の逃げる敵兵への追撃を止め、未だ孤軍奮闘するアタウの軍と戦うサイフォン・ウリョウの二将への援軍を命令します。
そのキュウカの采配を愚として、功を焦り敵軍への追撃に動いた諸侯の兵達は、退路の川に落ちて生命を落すより、戦って生き残る事を考えた敵兵の反撃によって手酷い被害を受けました。
それを見たキュウカは、『追い詰められた獣は、生き残る為に死力を尽くし抵抗をするモノ。これを自らの身を損なわないように狩ろうと求めるならば、無理に追い詰めず、その逃げ道を作る事で生きる希望を与え、それから相手が十分に疲れるまでゆっくりと待って行うモノ。貴殿等は、山野の狩りを嗜まないのか』と鋭く指摘すると、その被害を懼れてそれ以上の追撃を禁じました。

味方の敗走によって孤立無援となったアタウの軍は、キュウカの命令の許、二重三重の囲みを以って包囲されます。
それでも尚、諦めず抵抗して戦い続けるアタウを前にして、キュウカは自らその降服を促すべく彼の許に行きました。
包囲の兵を下がらせ、アタウの前へと進み出たキュウカの口より、彼に対し降服を求める言葉が告げられます。
しかし、アタウは、一軍の将として敵国に降る事は受け入れられぬと、自らの生命を犠牲にしての更なる抵抗の意志を示しました。
その悲壮なる覚悟を受けたキュウカは、烈しい憤怒を以って言い放ちます。
『貴殿は、先ず臣として互いの故国を想う心を以って言を交えた君子の徳を求める論戦で私に敗れ、次に豪傑として自らの意志を以って武器を交えた一騎打ちに敗れ、そして、今、将として自らが求めた己の誇りと故国の威信を懸けて交えた兵を用いる戦いに敗れた。<仁倫>・<武勇>・<知略>、その三度の敗北に恥じる事を知らず、更には、自らの詰まらぬ誇りの為に、自分に従う忠義の将兵の生命を無駄に散らせることを求めるとは、それでも一軍を統べる将か!』
キュウカの口から発せられたその言葉に、アタウは、自らの不明を大いに悟ります。
そして、配下の将兵の生命を救う為、武器を捨てキュウカへと降りました。
キュウカは、降服したアタウとその配下の将兵から、武器のみを取り上げると、アタウを始めとする全員に騎乗を許したまま、敗者に対する縄の縛めも施す事無く共に轡を並べて凱旋の帰路に着きました。
こうして、キュウカは、見事なる勝利を以って、東大陸連合国軍との大戦を制したのでした。

2007年12月16日日曜日

軍神記‐叙伝‐第十三話

再び開かれんとする連合国軍との大戦を前に、キュウカ軍の将兵達は大いに奮い立ちます。
それは又、キュウカ自身にとっても同じで、敵将たるアタウとの決戦を想い、その心に一軍の将として望んでも安くは得られない好敵手との死闘に対する歓喜を抱いていました。
そんな、キュウカの許に祖国であるサ・ルサリアより、使者が送られてきます。
その使者から齎された報せには、女王の名の下にサ・ルサリア諸侯達の援軍が派兵される旨が記されていました。
それを知り喜ぶ者達を前に、キュウカは、僅かばかりの焦燥を洩らします。
キュウカは、そこに女王の意図に反する諸侯達の思惑がある事を見抜いていました。
前面の強敵を前に、味方の内に災いと為り得る患えを持たねばならない事を、キュウカは、危惧せずにはいられませんでした。
キュウカは、密かに諸将を自らの陣営に集めると、祖国からの援軍が信用に値しない事を告げ、これに十分な警戒をするよう命じます。
そして、進軍の歩みを常より遅らせてその行程の半ばに陣営を構えて、そこで祖国からの援軍を迎えるべく待ちました。
数日の後、援軍が到着すると、キュウカは、それを率いる諸侯達を集めて会盟を行います。
その場でキュウカは、集った諸侯達にこの度の東大陸連合軍との戦いに於ける全軍の指揮を執る総大将は飽くまで自分である事を認める旨の誓紙を認めさせると共に、祖国の女王に対し、自分へと全軍を統べる権限を持つ元帥として認める証しに玉杖を授ける事を求めました。
キュウカは、女王への求めが認められ正式に全軍を率いる元帥となると、その証したる玉杖を手に諸侯・諸将達へと軍紀の厳守を命じ、それに反する罪を犯したものは身分の如何なく厳罰に処する事を言い含めました。
それを聴いて諸侯の多くが、その内心で大いに震え上がります。
更にキュウカは、信頼する諸将に諸侯の補佐役を任じると、連合国軍との戦いに臨むべく再び進軍を開始しました。

斥候の報せにより、連合国軍が既に布陣を終え待ち構えている事を知ったキュウカは、自らの眼で敵の布陣を確めた後、その本陣を敵の眼前に晒す形で布陣を果します。
従う諸侯の内より、その布陣の愚を嘲笑う声が聞こえるとキュウカは、『自分達が先に戦場に至る事を果せていたならば、その有利を活かして敵に奇襲を掛ける策もあったが、思い掛けない来客を迎えなければならず、それも叶わなかった。備えを果した敵を相手に、無駄な策を弄して徒に味方の将兵を疲れさせる訳にもいくまい。ここは、ただ威風堂々として構えているのが上々』と笑って応えました。
これに習い布陣を果したサイフォン以下の諸将の振る舞いにより、敵に一日の有利を許した自軍の動揺を収めたキュウカ軍は、無事にその布陣を終えます。
中央にキュウカの本陣、左右にサイフォン・ウリョウの両陣、その背後にサッペンハイムの諸将が率いる各陣が置かれ、そして、最後列にサ・ルサリア諸侯の陣が配されました。
その陣容を聞き、敵である連合国軍の主将は、味方の全軍を以って最前のキュウカの本陣を衝く策を計りますが、それこそがキュウカの求める所だとアタウに諌められて思い止まります。
自らの本陣を囮に敵を誘い出し、これを破らんとしたその策をアタウに見破られたキュウカは、見張りの兵を立てると、全軍に戦いの英気を養うよう休息を許し、自らも諸侯・諸将を集めて宴席を設け、将兵に酒を振舞いました。
その宴の席で、サッペンハイムの諸将が、大いに酒を楽しみ、自らの芸を披露して場を盛り上げると、キュウカも共に笑い共に喜んで自らも芸を披露して場に華を添えます。
そんなキュウカ達の姿を諸侯達の多くが冷淡視しますが、その諸侯達の中に在って最も若き青年である一人の諸侯がキュウカに問います。
『公爵、否、元帥、我等、諸侯の多くはこれから先の戦いを思って酒の味も楽しめない有様なのに、何故、貴方達はその様に浮かれていられるのですか』と。
それに対し、キュウカは、笑って答えます。
『勝利の既に決した戦いを何故に恐れる必要があろうか。この宴は、その戦勝の前祝。我がサッペンハイムの将兵でこれを楽しまぬ者は、私と戦場を共にした事の無い初陣の者達位であろう』と。
その言葉を聴いて件の諸侯は尚更に、そのキュウカ達の振る舞いを不思議がります。
『やはり、大公は、既にこの戦いの勝利を確信しておられましたか』
サイフォンは、キュウカの口から語られた言葉に、自らの予想通りだった事を喜び、杯を呷って大いに笑い声を上げます。
『何故、戦ってもいないのに勝利を信じられるのですか』
件の諸侯は、キュウカ達の遣り取りを訝り更に尋ねます。
『その答えは唯一つ。それは、敵の大将があのアタウという者ではないからだ』
そう答えて、キュウカは、更に言葉を続けます。
『私も、敵の大将があの者であったならば、実際に戦う前に自らの勝利を信じられはしないであろう。それ程までに、あの者は手強い相手だ。しかし、彼が副将という地位に止められている限り、我が軍の勝利を疑うに理由が無い』
『大公、貴方は仮にあの者が相手で在ろうと勝てる策を既にお持ちなのではありませんか』
サイフォンは、キュウカの心中にある秘策の存在を指摘して、再び酒杯を呷ります。
『如何にも、将たるもの必ず勝てる備えなくして、何故に兵を率いて戦う事を望むモノか。唯、彼の者の苦難を思えば、それを用いるのが忍びないだけだ』
キュウカのその言葉を聴き、サッペンハイムの諸将は、この度の戦いの勝利が疑い無き事を知ります。
そして、その言葉の真実は、この数日の後に交えられる連合国軍との戦いによって示される事になるのでした。

対峙した両軍が互いに動かず相睨み合う事の七日目にして連合国軍に動きがあります。
アタウは、自らが直接にキュウカの許へと赴き、彼を説得する事を主将へと申し出ました。
そして、それを許されると、僅かな護衛の兵のみを連れて、キュウカの本陣の前に進み出でます。
キュウカは、アタウの意図を知ると、自ら親衛騎を連れて彼の求めに応じました。
キュウカの人物をして、深慮遠謀の名賢と讃えたアタウは、その賢明なる者が何故に他国の領土を侵し奪わんとするのかとその過ちを挙げると共に、これ以上の戦いを求めず兵を引く事がその名声を全うする術であると説得します。
それに対しキュウカは、連合国の諸王がサッペンハイムの豊かさを羨み、浅ましくもそれを奪い支配しようとした事を天下の大罪として厳しく咎めました。
アタウは、キュウカの言に一理を認めますが、支配に対し支配を以って報いる事を仁者の行いに違うモノだと説きます。
それに対しキュウカは、東大陸連合国の国力とサ・ルサリアの国力を比べれば、それはまるで『丈夫(大人の男)』と『竪子(子供)』程に力の差があることを挙げ、年長者は年少者を深き愛情を以って教え導く存在であるべきなのに、それに反して弱き者から力尽くで宝物を奪わんとする愚行を指して、憤りを顕わにします。
道理を説かれて言葉を失うアタウに対し、今度は逆にキュウカが何故に将として兵を率い戦うのかを問います。
自らの故国の安寧を護る為だと答えるアタウ。
その言葉を聴いたキュウカの表情には、更なる憤怒が宿ります。
『我が主にして、今は亡きサッペンハイムの大公・フィラムは、その性は穏やかにして和を尊び、何よりもその祖国と領内の平穏を愛し求めた仁君であった。しかし、貴国の暴虐極まりない侵略から領民を護ろうとして戦い、その為に尊き生命を落した。私は、不才なる身なれど、大公より後事を託され、その最後の願いに報いる為、領国の安寧を誓った。嘗て、大公は、救国の志しを抱き集った無頼の徒を統べていた私と領内にて邂逅し、我が身を流浪の者と知りながら、その身分の差を越えて礼節を尽くして臣下に迎え、実の子に対するが如く深き情けを以って報いてくださった。仮令、この戦いが天の意志に逆らう行いであろうとも、私は、亡き大公の恩を裏切り、その最後に誓った約束を違える訳にはいかないのだ。この我が戦いが天下の秩序を乱す振る舞いであり、それを防がんとする貴公に真の大義が在るというならば、私は、我が同胞の自由を守る為に、《軍神》の名を以って貴公に大義を与える天に弓引き、その悪逆の穢れを以って復讐の鬼神と為る事すらこの身の誉としよう。だが、上天は自らが過ち、この世に偽りの王を在らしめた事を恥じ嘆き、我にその偽りの王を討ち、混乱する世界に新たなる秩序を打ち立てるという天命を与えた。アタウよ、私と貴公、天の意志によって選ばれし真の王に仕える者は何れか、ここで決せん!』
キュウカは、その厳しく言い放った言葉と共に乗騎の<白皇>へと鞭を入れ、単騎でアタウと挑みます。
師より託された<烈華槍>を振るい戦うキュウカの武勇は、常の彼の穏やかさとは真逆の熾烈なモノでありました。
その一騎討ちに奮い立つ両軍の将兵の中で、サッペンハイムの諸将達は、キュウカの抱くその意志の貴さに対し、感涙で頬を濡らします。
キュウカの繰り出す攻撃を見事に受け止め凌ぐアタウ、しかし、その心中では、キュウカこそが天の意志に選ばれた真の士であると自らの敗北を悟っていました。
互いに打ち合うこと数十合を数えても尚、キュウカとアタウの一騎打ちに決着は着きませんでした。
『《軍神》キュウカよ。将の戦いは、自らの振るう刃で決するモノに非ず。その用兵の采配を以って決すもの。この勝負、貴公に譲ろう!』
そう言い放ちアタウは、自らの乗騎に鞭を入れ退きます。
陣営に帰還したアタウは、キュウカがその怒りを抑えて自分に情けを掛けた事を心中に察しますが、一軍の将としての務めを全うするべく覚悟を固めました。
そして、キュウカも又、次に相見える時こそがアタウとの真の決着を着ける決戦となる事を予見していました。
こうして、両者の想いがぶつかる決戦の舞台の幕が開かれる事になります。
それは、キュウカの胸に悲しみ深き勝利の痛みを刻み込む事となる戦いでありました。

2007年12月15日土曜日

軍神記‐叙伝‐第十二話

その見事なる采配を以って、次々に砦城を陥落させていくキュウカ軍の進軍に、それまで侮っていた連合国も徐々に焦りを抱くようになっていきます。
そして、盟主国の招集によって再び行われた会盟の場で、キュウカ軍に対する抗戦の軍が編成されました。
アタウも又、それを率いる諸将の一人としてその戦いに参軍する事となります。
北上し進軍を続けるキュウカ軍2万に対し、それを迎い討たんとする連合国軍は5万余と、その数を倍する兵力で事に当たります。
遂に本気となった連合国軍の大軍を前に、キュウカは、『戦の勝敗を決するのは、兵の数では無い』と、周囲の諸将に対し笑って嘯きました。
その大言に違わず、敵軍と対峙し睨み合うキュウカの表情には、微塵の恐れも在りませんでした。
愈々、全軍を以ってぶつかり合う両軍。
その戦いの中、数で劣るキュウカ軍は、徐々に連合国軍の猛攻によって圧され始めます。
じりじりと後退していくキュウカ軍を、連合国軍は更なる勢いを以って圧して行きます。
連合国の諸将達がその勝利を疑わぬ中、唯一人、アタウのみが戦いの展開に違和感を抱きます。
そのキュウカ軍の精彩に欠ける戦い振りを訝り警戒するアタウの危惧を嘲笑い、連合国軍の諸将は、手柄を争い我先にと攻め掛かっていきました。
圧されながらも巧みの凌ぎ続けるキュウカ軍、それを切り崩そうと躍起に攻め続ける連合国軍。
その両軍の攻防が繰り広げられる最中、アタウは、自らが抱く違和感の正体を求め、その智謀の粋を尽くして戦いの大局を計ります。
アタウが自軍の戦う周囲に目を向ければ、其処は、左右を深き森林に挟まれた場所であり、それは伏兵を潜ませるのに絶好の地形でした。
伏兵の存在とそれによる奇襲を警戒し、主将へと慎重なる進軍を急ぎ進言するアタウ。
それを軽く聞き流そうとする主将の耳に、配下の兵よりキュウカ軍の伏兵を見つけ、それを退けたという伝令が齎されます。
その状況を具に確認したアタウは、伏兵の引き際の良さに危惧を覚えると、急ぎ斥候を出して、周囲に更なる伏兵の存在が無いか探らせるべきだと進言しますが、主将は、アタウの懸念を臆病と嘲り一笑に付して聞き入れませんでした。
敵軍の覇気に欠ける戦い振り、伏兵の余りに潔すぎる撤退、そして、常ならば必ず自らが前線に進み出でて戦うキュウカの姿を見ぬ事。
それら戦況の多くに違和感を抱き怪訝に思わずに居られないアタウの脳裏に、それに対する答えとなる一つの可能性が浮かび上がります。
そして、アタウは、それを確かめるべく急ぎ戦場の地理に詳しい者を呼びます。
その者に、これから進軍を続けた先の地形について詳しく訊いたアタウは、キュウカが計った策謀によって自分達が死地へと誘われた事を知り、大いに恐れと焦りを抱きました。
キュウカの策謀を防ぐべく、何とか全軍を押し止めようとするアタウですが、主将を始め諸将達も自らの窮地を理解せず、功績を求めて進軍を続けます。
その様子に、戦いの勝敗が決した事を悟ったアタウは、味方の壊滅を避けるべく、キュウカが計る最後の一手を阻止する為、配下の兵を率いて自軍の後駆けへと走りました。
連合国軍の攻撃によって、それでまでじりじりと後退を続けて来たキュウカ軍でしたが、左右を切り立った崖に挟まれた山岳の谷間を抜け、その先にある盆地まで至ると突如として反撃に転じます。
開けた広大なる地形を活かし、見事に整った布陣を以って構えるキュウカ軍の様相を目の当たりにして、連合国軍の将兵達は、アタウの言の通り自分達が死地に誘い込まれた事を知りました。
その軍の指揮を執るのは、義勇兵の練兵を果し参戦した名将・ウリョウ。
左翼にディフ、右翼にヒユウの勇猛なる双将の率いる隊と後詰にフィラムを支え続けた剛力無双にして熟練の宿将・ラズウィルの一隊が備える陣構えを前に、連合国軍はこれを破って前に進む事も適わず、背後の隘路によって容易に退く事も適わず、大いに浮き足立ちます。
更には、先刻退いたと見せて尚森林の奥に潜み続けていたキョウナ・リレイの率いる伏兵によって、左右からその両腹を奇襲された連合国軍は、将兵尽く大混乱に陥り戦意を喪失して敗走を始めました。
我先にと争い逃げようとする連合国軍の将兵、その退路を陰の如く背後に忍び隠れていたキュウカ・サイフォンの率いる一軍が断ちます。
天を裂き轟く雷の如く連合国軍へと襲い掛かるキュウカ達の一軍の前に、アタウ率いる一軍が割って入ります。
キュウカは、アタウの率いる将兵の士気の高さを見て取ると、直ぐに兵を退けて塞いだ敵軍の退路の一端を大きく開きました。
それを好機と見て撤退を計る味方の兵をアタウは一喝して押し止めます。
『退路を断った敵軍がその逃げ道を開くのは、死地に生を得て気の緩んだ我等の背後を衝いて、味方を損なう事無く勝利を確実にする為。これより、敵の一翼を強襲し、その囲みの一端を破る。生きてこの死地を切り抜けたいと望む者は、私を信じてこれに続け!今こそ、我等の真なる裕貴が試される時だ!』
アタウは、大きく叫んで味方を鼓舞すると、自ら先陣を切ってサイフォンの本隊へと突撃を掛ける為、乗騎を走らせました。
それに配下の将兵が続き、更には、連合国軍の将兵の一部が続きます。
アタウの反撃に虚を衝かれる形となったサイフォンの本隊とアタウに従う一軍の間に透かさずキュウカとその親衛騎が割って入ります。
『その采配や、見事!されど、戦いの大局は既に決している。貴殿の勇気も一時の猶予を得るに如かず。無駄に死に急ぐな!』 
『千の味方を救うのに、自らの生命の一つで済むなら安きもの。将として今更、戦場に於ける死を恐れはしない!』
『その言、正に名将の心構え!その将器を讃えて、戦場の誉を譲ろう』
キュウカは、そう言い放つと、サイフォンと自らの兵達を後方へと退かせます。
下されたその決断に、キュウカ配下の将兵は勿論の事、アタウ自身も又、大いに驚きました。
アタウに纏められて開かれた退路を行く敗残の敵兵達を見詰めながら、サイフォンは、キュウカへと自らの失態を恥じます。
そして、キュウカに本当に、連合国軍を見逃して良いのかを問います。
それに対しキュウカは、アタウこそが嘗てサッペンハイムの地を侵した連合国軍の撤退の殿を見事に果した存在に違いないと語り、更には、唯一言の叱咤を以って敗残の味方を立て直し纏め上げたその統率力を讃えました。
『彼の者は、囲む敵の備えの薄き所を攻めるという兵法の常道を知りながら、敢えて、こちらの備えの厚き所を攻める奇策によって、死地に生を得るというその奥義を示した。その采配は臨機応変にして、妙なること畏怖に値する。それを知りながら、お前という百年にも得難き偉才の将を失う危険を求める愚を冒す訳にはいくまい。それに、彼の者の生命、この様な形で失うのは、余りにも惜し過ぎる』
キュウカはそう言って不敵に笑いました。
一方、アタウも又、キュウカの神懸かり的な知略による采配と、その味方の大勝に驕る事無き冷静さに、《軍神》の異名が伊達では無い事を深く思い知らされていました。
勝って自軍に帰還したキュウカは、アタウの存在にこれから先の東大陸攻略の難を考えると、その術を計り直す為、進軍を止めて駐屯し、これまでに攻略した領郡を慰撫します。
始めはキュウカ達サッペンハイムの将兵を侵略者と警戒していた東大陸の領民達ですが、彼等の徹底された軍紀とそれによる治安の確かさに、段々とその存在を受け入れていきました。

駐屯から一ヶ月余の日々が過ぎた頃、東大陸南郡の西の地方にある領郡の至る所で、キュウカ軍に備える為という名目で略奪行為が連合国軍の兵によって行われているという報せが、シェーリーに従う間諜よりキュウカへと齎されました。
それを聴いたキュウカは、自分達の進攻が原因で起こったその事態を収拾するべく、ウリョウに護りの全権を委ね、将兵を率いて賊軍の討伐に赴きます。
キュウカは、敵の抵抗を退け混乱を鎮めると、更に、自軍の糧秣の一部を割いてそれを略奪の被害者達へと与えて救済を図ります。
そのキュウカの行為と統治下の郡領に於ける彼の様々な振る舞いを聞き及んで、西の郡領に住まう豪族達や集落の長達の多くが帰順を求めます。
キュウカは、これを喜んで受け入れると、宿将・ラズウィルとその盟友にして亡き大公の遺臣であるガルズに統治と守護の任を委ね、駐屯地へと帰還しました。

連合国軍が敗戦の恥辱を雪ぐべくその準備を整えている事を聞き及んだキュウカは、それを迎え撃つべく諸将を率い、駐屯地より討って出ます。
それに対し連合国軍は、先の一戦で敗残の兵を纏め見事な帰還を果したアタウの名声を利用する事を図り、彼を副将に任じて、キュウカ討伐の命を下しました。
それを受けてアタウは、キュウカがその振る舞いを以って、東大陸南郡に於ける領郡の多くを帰順させ、その統治下に収めるに至った事を理由に、再び、彼等サッペンハイム軍との和睦を計る事を進言しますが、領郡を失い逃れ落ちていた諸侯・貴族達の反対によって退けられてしまいます。
更には、その忠誠を疑われるまでに至ると、アタウは、自らの一族妻子と領民達への危難を恐れ、キュウカとの戦いに臨む道を選びました。
互いにその卓越した将器を讃え合うキュウカとアタウ、その両者は、非情なる宿命を背負い、一軍の将として、運命の戦場に相見える事となりました。

2007年12月9日日曜日

軍神記‐叙伝‐第十一話

キュウカは、公領の西岸の砦城に陣を張り、集結を果した諸将達と共に対峙する敵軍を破る術を計ります。
キュウカ軍は、初戦で敵国の領内への上陸の拠点を得る為の海上戦を制する必要がありました。
しかし、キュウカを始めとする諸将の内に水軍の指揮に長けた者が少なく、全軍に少なからぬ被害を覚悟する事となります。
更に続く戦いの事を考えれば、受ける被害を少なくする必要に悩むキュウカは、自らの内に湧き上る焦燥と戦いながら、戦いの機を計りそれを待ち続けました。
このまま、唯、対峙を続ければ敵に集結の時を与えるばかりだと判断したキュウカは、遂に開戦の決断を下します。
夜明けと共に攻撃を仕掛けるべく出陣したキュウカ軍の船団を、待ち構えていた敵軍の船団が迎え撃ちます。
敵に一日の長がある海上戦に、キュウカ軍は一進一退の攻防を繰り広げます。
その不利を采配の妙で補うキュウカですが、戦いの決着を果せず膠着状態に陥ります。
進むか退くかを考えるキュウカの耳に、周囲の兵が騒ぐ声が聞こえました。
一体、何事が起きたのかと訝るキュウカの眼差しの先に、北方より南下してくる新たなる船団の存在が映ります。
その船団の出現に、味方の全軍へと広がる動揺を危ぶむキュウカ、しかし、それは敵軍の増援では無く、意外なる味方の出現でありました。
見事なる操船術で両軍の戦いの間に割って入ったその一軍を率いるのは、<海狼皇>トゥーナでした。
一瞥の目礼を以って、キュウカへと応えたトゥーナは、自らの率いる兵団を連合国軍に突撃させ、次々に敵の船を沈黙させていきます。
戦いの勝利を決め戻り至ったトゥーナは、キュウカの乗る船に自分の船を並べると親しくも恭しき礼をキュウカへと捧げました。
そして、キュウカの東大陸連合国討伐の挙兵を聞き及び、嘗て受けた恩に報いるべく、二人の息子を副将に馳せ参じた事を語ります。
共に本拠の砦城へと凱旋したキュウカとトゥーナ親子は、諸将共々に陣営の内で親しく言葉を交え語らいました。
トゥーナ達は、次の海上戦に於いて死力を以って、必ずキュウカ軍を勝利に導くとその奮戦を約束します。
キュウカは、その言葉を心強く感じると共に深く感謝しました。
しかし、副将としてトゥーナに従う二人の息子の未だ年若い事を見ると、二人を危険な戦いに巻き込む事を憂います。
二人は、キュウカの態度からその事を察すると、<海狼皇>の異名を誇る父の名に懸けて無様な姿は見せないと笑って豪語しました。
その勇敢なる振る舞いに頼もしさを感じるキュウカでしたが、胸に刺さる一抹の不安の様なモノを拭い去れずにいました。

トゥーナという頼もしい援軍を得たキュウカに更なる援軍が現れます。
それは、サ・ルサリア全土から集った義勇の者達でした。
彼等は、嘗て国中が飢餓に晒された時、キュウカの情けによって自分や家族の生命を救われた者達でした。
その恩に報いる為に集った彼等の心意気に大いに喜んだキュウカは、その想いを無にしない術として、彼等をウリョウ将軍に預け、その練兵を任せます。
義勇の者達を後方の護りに残す事によって、キュウカの軍は前線に率いられる兵力を大きく増しました。

憂いを拭い戦いの機を得たキュウカは、愈々、東大陸への上陸を果すべくトォーナたちと共に、連合国との大海戦に臨みます。
その戦いの開戦と共に、トゥーナは約束した言に違わぬ勇猛さを以って、先陣として敵の大船団に突撃していきます。
立ちはだかる敵を蹴散らし、その本隊に攻め至るトゥーナ軍。
そして、その先頭を切ってトゥーナの二人の息子が決死隊を率いて、敵の主将が乗る船に切り込みます。
その姿を目の当たりにして、キュウカは、先の会盟で自分が抱いた不安の正体に気付きました。
キュウカは、彼等二人がその心の内に抱くモノが正に決死の覚悟である事を知り、何としてもこれを救わんと、自らの船を敵軍の真っ只中に走らせます。
しかし、そのキュウカの想いも虚しく、キュウカとその親衛騎が彼等を救い出した時、二人は既に助かる事の無き程に深い傷を負っていました。
それで一縷の望みを以って、彼等の生命を救わんと手当てを急がせるキュウカに、二人は、感謝の言葉と共に、父・トゥーナへの最期の言葉を託そうとします。
目の前にある悲劇を嘆き悲しむキュウカに、二人は、生きる為に他者の糧を奪い、それでも尚、餓えて寒さに凍えながら死に行く者が耐えない自分達が生まれ育った故郷の惨状を語り、父が部族の長として常に仲間の事を先にし、自分の身内に与える糧を少なくしてきた事、その父の想いを酌んでいた母が、それでも餓え凍えながら生命を失っていく我が子たちの為に隠れて泣いていた事を語ります。
そして、キュウカより与えられた情けの御陰で、部族の多くの者が飢えを凌ぎ、辛く厳しい冬を乗り越えた事、救われた生命の中には、産まれたばかりの幼い妹の存在があった事を語りました。
二人は、自分達にキュウカの様な強さが在ったならば、トゥーナを助けて故郷の仲間を苦しめる大国の支配を討ち破れたであろうと、その悔しさと父に対する不孝を詫びる言葉を最後に告げて、その生命の終焉を迎えます。
キュウカは、若くして生命尽きた二人の死を深く悼み嘆き、その亡骸に、この戦いを終わらせたならば、必ず二人の遺志に報いる事を固く誓いました。

二人の息子の死を知って尚、共に戦い続ける事を申し出るトゥーナにキュウカは、一刻も早く二人を他の生命を落した者達共々、故郷の地で眠らせてやって欲しいと望んで送り出します。
そして、キュウカは、死した者達の犠牲を無駄にする事無く、先に進む事を自らに命じて敵の拠点を攻め落し東大陸への上陸を果しました。

キュウカ軍の勝利にサ・ルサリア侵攻の拠点を失った連合国は、諸国の国主や諸侯達を集めて会盟を行います。
キュウカ軍の進撃に如何なる策を用いて当たるかを盟主が問う中、それに対し一人の若き諸侯が意見を述べるべく前に進み出ます。
それは、嘗て、サッペンハイムに侵攻した連合軍がキュウカに敗れて退く際に、見事に殿の役目を果した存在で、東大陸中央に位置する公国にて一郡を領する侯爵であるアタウという名の者であった。
アタウは、サ・ルサリア公国に対し、不可侵を約束する親書を送って和睦を結び、直ぐにキュウカの軍を退けるようにするのが一番の良策であると進言します。
しかし、盟主国の大臣の血孫たるクルセティナを中心とするサ・ルサリアの国力とキュウカの力を侮る者達によって、その言は退けられてしまいました。
諸王と諸侯の侮りを危ぶむアタウの諫言に対し、クルセティナは、サ・ルサリアの諸侯より主へと送られた密書の内容を公にして、それを杞憂に過ぎないと一笑に付しました。
こうして、キュウカ軍と連合国軍の戦いは、更なる激しさを以って交えられる事となりました。

軍神記‐叙伝‐第十話

キュウカは、サッペンハイムの都城に戻り入ると、文武百官と将兵を宮殿の中央に集め、更には、都城から宮殿までに至る門戸の全てを開いて、そこに集いし者達に向け、東大陸連合国討伐の為の宣誓をします。
それは、自らが大公として東大陸連合国の盟主に頭を垂れる事によって、公領の平穏が約束されるのならば喜んで臣従の礼を取り、朝貢の節を行う覚悟を語る言葉から始まりました。
聴く者達の多くが、これから戦いに臨もうとする者に相応しからぬその言葉に訝る中、キュウカは、更に言葉を続けます。
しかし、ここで自分が東大陸連合国に屈服したならば、彼等は臣従ではなく隷属を求めるであろう。
自分一人がその恥辱に耐えるだけで済むのならば、それを受け入れても良い。
だが、この公領に住まう者達の全てが子々孫々の末まで、その恥辱に耐える姿を見る事だけは忍びない。
だから、自分は、亡き先公が愛した領国とそこに住まう全ての民の誇りを護る為、サッペンハイム大公として、東大陸連合国の支配を討ち破る戦いに臨むのである。
そのキュウカの宣誓を聴いて、諸官、将兵に止まらず、聴衆の全てが心を振るい起たせずにはいませんでした。
そんな、人々の姿を前にして、キュウカは、更に言葉を続けます。
しかし、敵は強大にして、その力は我々に倍する。
故に、この戦いは、私を信じ従う意志のある者のみで挑む。
皆、この私を信じ、公領の未来を託してくれるならば、どうか共に戦って欲しい。
それは、一国の大公が臣下に対して向ける命令ではなく、一人の故国を想う漢が同志である者達に求めた真摯なる願いの言葉であった。
如何なる時にも、自らの利を捨て他者の為に持てる物の全てを尽くして報いてきたキュウカという英雄が、今、自分達に望み求めるモノの高潔さを知り、諸官、将兵を始めとする全ての者が感涙を浮かべずには居られませんでした。
皆、零れ落ちる涙を拭うと、揺るぎ無き覚悟を以って、キュウカの意志に従う宣誓を叫びます。
それを聴いて一度大きく頷いたキュウカは、彼等を統べる大将として、そして、彼等の父であり兄である大公として、命令します。
『この戦いは、勝った者が英雄ではない。生き残った者こそが英雄だ。皆、必ず生きて再び、この美しきサッペンハイムの蒼き空を仰ぎ見る事を望むのだ!』
キュウカの口から紡がれたその言葉に応える様に、上天にあるその空はどこまでも蒼く澄み渡っていた。

公国の自由を摑かみ取る為の戦いの準備が進められる中、ある日、サイフォン将軍が、キュウカの許を訪れます。
その訪問を迎え入れたキュウカに対し、サイフォンは、彼が未だ大切な務めを一つ果し忘れていると告げました。
サイフォンは、自分の言葉が指し示す意味を測り兼ねているキュウカに、それは彼が未だ妻を迎えていない事だと言います。
国の大事を前にして、私事に心を割いている訳にはいかないと応えるキュウカに、サイフォンは、国の大事であり、そして、キュウカにとってこれから臨まんとしている戦いが重い事であるからこそ、自らに近き事を疎かにしてはならないと諌めました。
そして、サイフォンは、キョウナ・メイファ・リレイ・ルィーファの四人が隠してはいるが共にキュウカの事を想い慕っている事、そして、キュウカ自身が、その四人の密かな想いに気が付いている事を指摘します。
それに対し、これから死地に赴き明日をも知れぬ身である自分が、如何して、彼女達の想いに応えられようかと応えました。
その言葉を聴き、サイフォンは、自らを想い慕ってくれる者達に報いられない人間に如何して、艱難辛苦に満ちた戦いの勝利が与えられようかと諌め、そして、嘗て自分とキュウカが邂逅した際に、キュウカから告げられた諫言である『その死を聞いて泣いてくれる者があるならば、容易く生命を失う事を求めるな』という言葉を告げて、死地に赴く身なればこそ生きて戻る為の大きな未練を残すべきだと説きます。
サイフォンが、自分に求めた真摯なる想いを知ったキュウカは、その勧めに従い、キョウナ達四人に自らの想いを告げ、彼女達を妻に迎えました。

キュウカの婚姻を喜び沸き立つ領内、しかし、それを狙うかのように東大陸連合国の先兵が公領の西岸に現れ、その襲来によって祝宴が乱されます。
キュウカと貴妃達の心を慮り、自らが赴かんと求めるサイフォンに対し、キュウカは、婚姻の祝宴という娶られる者にとって最良であるべき祭事を乱す敵の無粋に憤りを示すと、婚礼の正装のまま鎧を身に纏い自ら迎撃の采配を振るうべく討って出ました。
キュウカの憤怒が、貴妃達に対する深い想いの現われである事を察したサイフォン達諸将は、祝宴の主役である四人の貴妃を祝いの席に止め、各々が主妃たる四人へと祝いの狩猟を以って祝宴に彩を添えるという言葉で戦いの勝利を誓って出陣します。
その言に違わぬ諸将の活躍目覚しい奮戦によって、キュウカは、敵軍を散々に討ち破り敗走させました。
キュウカは、華々しい勝利を以って自らの婚姻の祝いとして、迎えた四人の貴妃達の許に凱旋します。
その無事を大いに喜ぶ貴妃達でしたが、危急たる国の大事を以って自らの大事とし、キュウカに自分達の事には構わず、大公としての務めを全うする事を求めました。
そして、メイファとルィーファの二人は内に在って宮中の事を治め、キョウナとリレイの二人は外で共に戦う事でキュウカを助け支える事を誓い、更には、今日に結ばれた縁を重んじて四人が共に姉妹の如く相睦み、決して私情でキュウカの心を乱し煩わせない事を重ね誓いました。
四貴妃が示す深い想いにキュウカは感謝し、必ず生きて勝利の栄光を故国に齎す事を誓います。
そして、キュウカは、東大陸連合国討伐に対する自らの意志を記した檄を天下に発し、それを以って、敵に対する宣戦布告としました。

明くる朝、キュウカは、出仕した諸将に開戦の日時と集結の場所を告げると、自らの親衛騎を率いて都城より出陣します。
ここに、キュウカにとってその天命を果す為の最後にして最大の戦いの火蓋が切られたのでした。

軍神記‐叙伝‐第九話

強行軍を尽くして、サッペンハイムの地に戻ったキュウカ達は、その疲労を押して迎え撃つ侵攻軍と対峙します。
キュウカ軍は、故国を想う将兵の士気の高さを以ってその初戦を制し、見事に上陸を果しました。
自分達の帰還を聞き及んで駆け付けた者達から、領内に於いて敵軍の猛攻に耐え保たれている砦城が都城と自らの三所領の四城のみと知らされたキュウカは、迷う事無く都城で孤軍奮闘する主・フィラム大公を救うべく進軍します。
キュウカ軍は、疾風迅雷の奇襲による猛攻を以って敵の包囲を討ち破り、都城への入城に成功します。
しかし、キュウカの救援も虚しく、大公は、戦いの最中に負った傷が原因で病床に在りました。
自らの余命が幾許も無い事を既に悟っていた大公は、その生命が尽きる前にキュウカの帰還が果された事を大いに喜び、そして、彼へと大公の地位を譲り、公領の守護を託さんと望みます。
その申し出を分不相応だと辞するキュウカに、大公は、「父たる者が子である者を信じて大切なモノを譲り託さんと望むのを拒むは、人間として最も重き不徳にして不孝である」と説きます。
その言葉にキュウカは、大公の自らに対する信頼の大きさを知ると、今日までの大公の恩に報いる為、その正統なる後継者に代わって自分が公領の政を預かる事を約束しました。
その言葉に安堵した大公は数日の後、安らかな心を以ってその生涯を終えました。
キュウカは、亡き大公との約束を果たすべく、戦いに疲れている将兵達を励まして失地回復の戦に臨みます。
豊かで美しかったサッペンハイムの地を身勝手な欲望を以って蹂躙した侵攻軍に対するキュウカの怒りは、大恩在るフィラム大公の死を想って烈しく燃え上がり、その戦いの意志を大いに奮い立たせました。
そして、キュウカのその想いは、彼に従う将兵達も又同じであり、誰もが烈しいまでの戦意を抱き、味方に倍する兵力の侵攻軍に対し勇猛果敢なる戦いを挑みます。
その帰還より半年、休む事の無き連戦の末、遂にキュウカは、侵攻軍を公領の西岸端の砦城にまで押し返すことに成功します。
その侵攻軍との決戦を前にして奮い立つ将兵達に支えられて、キュウカは、領土回復の戦いに臨みました。
敵が最後の抵抗を見せる事を見越し、焦る事無く慎重なる采配を振るうキュウカですが、相手は戦う事無く全軍撤退の様相を示します。
それを目の当たりにして勢い付く味方の追撃をキュウカは、臆病とも取れる態度で制止しました。
それを訝る諸将に対し、キュウカは、敵の殿を務める一軍の余りにも静か過ぎる気配に、待ち伏せを計って誘っている事を説きます。
そして、自らの親衛騎をその囮として敵軍の前に進め、敵の伏兵をサイフォン・ウリョウの両将の一軍を以って逆に打ち破る策を計ります。
その策を以って侵攻軍に大打撃を与え、二度と侵攻の考えを起こさせない事を望むキュウカ、しかし、その策は、敵軍の殿を率いた若き将の見事な采配によって伏兵が押し止められたことにより、功を奏する事無く終わりました。
その将の采配により見事に自らの策を破られた事を知ったキュウカは、彼が示した撤退に於ける引き際の妙をして、自分を凌ぐ見事な将才だと大いに讃えました。
完全なる勝利を以って敵の戦意を挫くという望みは果せなかったとはいえ、奪われた領土の回復を果したキュウカは、見事に勝利を得た事を全て連戦に次ぐ連戦に耐えて奮戦した将兵達の功績に帰し、これを讃えて厚く恩賞を与えて労い、又、侵攻軍の蹂躙に苦しめられた領民の艱難を察して半年の租税を免除する触れを全領土に達しました。
そのキュウカの慰撫により、フィラム大公の死と戦いの傷に乱れる事無く公領中がゆっくりと落ち着きを取り戻し、復興の確かな兆しを示し始めます。
サ・ルサリアの女王より、正式に公爵の位を認められたキュウカは、その権限を以って内政に励み、半年に満たない早さで領土の復興回復を果しました。

キュウカが東大陸の侵攻軍を退け、荒れた領土を復興回復してより数ヶ月の後、突如、公領の北の沿岸に異相の装いをした海賊船団が現れて略奪行為を行います。
キュウカは、自ら討伐の兵を率いてこれを討ち破り、その尽くを捕らえました。
その賊を率いていた主将は、<海狼皇>の異名を持つトゥーナという西大陸北西に位置する凍寒国の一部族の長たる男であった。
その罪を責め咎めるキュウカに対し、トゥーナは、サッペンハイムという豊かな地の領主であるキュウカの好運を嘲笑い、実り欠しき極寒の地に生まれ、大国の支配によって僅かに得た収穫の糧さえ奪われ餓え苦しむ自分達の故国に与えられた運命の残酷さを呪います。
トゥーナの言葉を聴いたキュウカは、嘗て自らを養い育ててくれた<野賊>の人々の無念をその心に甦えらせました。
キュウカは、トゥーナ達の罪を赦し、彼等の船に積めるだけの食糧を与えると共に、寒さにも強い作物の種苗を用意した上、更には、カムサに宛てて彼等の窮状を助ける旨を求める親書を書き送ります。
キュウカは、トゥーナに対し、再びこの国を侵さんと望んで我が前に現れたならば、その時は今度こそ容赦なく討ち滅ぼすと告げて、彼等を送り出しました。

その政に対する手腕を以って、失われた領内の平穏を取り戻したキュウカは、一つの大きな決意を胸に文武の諸官を参議の場に集めます。
そして、キュウカは、集った文武百官を前に、サ・サルサリアの真なる自由と平穏なる日々を得る為、東大陸連合国の支配の意志を討ち破る戦いに臨む決意を示しました。
それを聴き、諸官の諸々に少なからぬ動揺の色が浮かびます。
両者の国力の違いを考えれば、そのキュウカの決意は、無謀とも呼べるモノでありました
しかし、諸官達はキュウカの決断の理由が、亡き先代の大公と交わした約束を果たす為にある事を問うまでも無く知ると挙って彼の決断に従う事を宣誓します。
キュウカは、自らを以って主議とする東大陸連合国討伐の連判状を認めると、それを持ってサ・ルサリア女王に謁見を果します。
そして、その場を以って諸侯に討伐への決起を促しました。
諸侯達がキュウカの言葉を聞いて動揺を抱くより先に嘲りを浮かべる中、唯一、女王のみはキュウカに対し、真剣に東大陸連合国との戦いに勝算があるのかを問います。
それに答えてキュウカは、敵が連合国として完全なる纏りを持ちえていない事、兵力の差に驕り此方を侮り油断している事、そして何よりも味方の将兵が敵に倍する強さを持つ事を理由に挙げ、その言葉と共に懐から取り出した討伐の連判状を女王へと差し出しました。
それを受け取り見た女王の顔に驚きの色が浮かびます。
そこには、サッペンハイム公爵領に於ける文武の諸官全ての名前が書き連ねられていました。
キュウカの、そして、サッペンハイム領全土の意志が示されているその連判状を受けて、女王は、キュウカの決断を認めます。
諸侯達によって女王が諌められると、キュウカは自領の兵のみを以って事に当たる覚悟を示し、宮中より辞します。
キュウカが宮中より去った後、諸侯達は、女王に内密で謀議を行い、東大陸連合国の盟主へと密書を送ってキュウカの侵攻を知らせ、彼が戦いに敗れたならばその身柄を差し出し、サッペンハイムの領土を割譲して和睦する事で自分達の保身を計る策を決めていた。
その密議の事をシェーリーの内偵から知ったキュウカは、諸侯の思惑を短慮と一笑して、逆にこれで自らの信頼する者達のみで戦いに臨めると喜びます。
そして、キュウカは、これから始まる永き戦いの最後の備えをするべく、サッペンハイムへと急ぎ戻りました。

2007年12月8日土曜日

『十三神士・竜主伝』

『十三神士・竜主伝』

アルカナ・レジェンド

アルカナ・レジェンド

軍神記‐叙伝‐第八話

ヨウレイとの奇縁とその志しを喜び参軍を認めるキュウカに対し、ヨウレイは、キュウカより受けた恩に報い、ファディンが皇国の将として自分達に与えた仇を返す為に、自らが先鋒となって敵に中る事を求めます。
その意を受けたキュウカは、これ以上に味方の兵を疲れさせる事を懼れ、決戦の時と決断を下しました。
その言に違わぬ戦い振りによって、先陣の務めを果たしたヨウレイに報いるべく、キュウカ軍の将兵はこぞって勇猛果敢な活躍を示し、ファディンと皇国軍を散々に討ち破りました。
敵将たるファディンを討ち洩らしはしたモノのその戦果は、多大なモノとなります。
キュウカ軍に惨敗した皇国軍は、その追撃を恐れると共に、同盟国の支援を求め、皇都で守りを固めて篭もりました。
敵の援軍を退け、篭城策を破る術を計りながら、最終決戦の備えを整えるキュウカの許に、南方より現れた一軍の存在が知らされます。
その属籍不明の一軍を訝るキュウカに対し、相手より書簡が届けられました。
そこには、キュウカが皇国の悪逆を悪んで兵を挙げながら、その大義を以って皇国の政に取って代わらんとしている疑いがある事、又、その強大なる兵力を一国の王に在らざる身の彼が持つ事の危険性が語られ、それを己の不義と理解するならば、直ぐに兵を退けて皇国と和睦するべきであると記されていました。
そして、更には、これ以上に兵を以って国を騒がせる事を望むのならば、配下の兵と共に、諌めの刃を向けるという宣戦布告の意までも書き列ねられていました。
それを読んだキュウカは、「理を説いて他者を欺き動かし、大義を過ちて徒に戦を弄ぶ。その邪なる事甚だしくして、以って天下の愚を冒す者なり」と大いに憤り、キョウナに兵を預け、自らサイフォンと共に、彼等の挑戦を受けるべく出陣します。
そして、キュウカは、敵軍と対峙すると、それを率いる主将たるアガードとエリンに向け、皇国の主たる皇帝がその務めたる天下の政を蔑ろにし、天下の主たる資格を失った事、自らがサ・ルサリア国の大公爵の臣にして、その信を以って兵を預かり、盟友カムサの助けとして兵を率いている事、そして、天下の乱れを前にして、それを鎮める務めを投げ出す事こそ、上天に対する最たる不義の行いだと理を説くと、最後に、アガード達が上天の求める所を知らず、人の世の理に溺れ、小義を以って大義と語り、徒に戦を求めたその不明を叱咤しました。
更に示された天命によって事を決さんと求めるキュウカの揺るぎ無き意志と、それに従う将兵の威風を前に、アガード達は、戦わずして退く道を選びました。
一兵も損ねる事無く事を決したキュウカは、陣営に戻ると諸将を集めて、自らが選んだ一つの決断を告げます。
それは、この戦いの始めとなる「白陽の会盟」にて受けた自らの恥辱を雪ぐべく、カムサの到着を待たずに、自らが単独で親衛騎を率い、奇襲を以って皇都を陥落させるという奇策の中の奇策でした。
それは、自らの想いを以って、戦に望んだ事に対する決着を着けたいというキュウカの決意でもあり、ここまで自分に従ってくれた将兵を巻き込みたくないという気持ちのあらわれでした。
しかし、それを諸将の誰一人として受け容れようとはしませんでした。
困惑するキュウカに対し、先ず、サイフォンが語ります。キュウカが、サッペンハイム公の臣として最早、己一人の想いのみに生きる事が許されないこと、そして、自分自身がそれを許せられない事を。
更には、諸将共々が其々に理と自らの想いを以って、キュウカに一軍の将として自分達将兵を率い、正々堂々その恥辱を雪いで欲しいと求めました。
ここに及んで、キュウカは、諸将の想いに感謝し、以って一軍の将として最終決戦に臨む事を決断しました。

配下の将兵を率い、決戦へと臨んだキュウカに対し、皇国軍は援軍を頼みとしての篭城策に出ます。
皇国の都城を囲む事、三日、キュウカは、諸将に命じ、昼夜の機に応じて、敵を攻め続ける事で、相手を疲れさせその士気を挫きました。
キュウカの策を破るべく、皇国軍は、参謀・ハイスの献策により起死回生を計ります。
その術とは、キュウカの出自を彼の配下の将兵へと知らしめ、それによって士気を奪い、内から瓦解させるというものでした。
ハイスは、自ら守衛門の上に昇ると、キュウカが捨子であり、無頼の賊の許で育てられた事を挙げて、彼を罵り嘲笑いました。
それに対し、一切の弁明も語らぬキュウカの姿に、将兵の間に少なからぬ動揺が生まれます。
キュウカ軍に生じた綻びの影を見て取ったハイスは、更に言を重ねてキュウカを侮辱しました。
ハイスの言の前に動揺を増そうとする味方の姿を目の当たりにして、サイフォンは大いに憤り、その烈しい怒りのままに自らの想いを言い放ちます。
それは、彼がキュウカという人物と出会ってより今日に至るまでに見て来た、キュウカの振る舞いを具に語る言葉でした。
そして、彼は最後に、味方の将兵に問います。
皆がここまでキュウカに仕え従った理由は、彼の出自や家柄を慕ってか、それとも彼の人物やその行いを慕ってかと。
それを聴いた諸将は、挙って自らの不明を恥じ、キュウカに対するハイスの言に憤りを示します。
サイフォンは、味方の奮起に満足すると、キュウカの命を待たずして、親衛騎を率いて守衛門に至り、ハイスに向けてその愚劣さを責める言葉と共に、引き絞った弓から天命に懸けた一矢を放ち、相手の兜を見事に射抜きました。
サイフォンの活躍に勢いを増したキュウカ軍は、囲んだ城門を次々に破り、その中へとなだれ込みました。
キュウカは、逆らう者達のみを退けるように諸将に命じると、自らは最後の決着を着けるべく、親衛騎を率いて宮中に攻め入ります。
行く手を阻む者達を退け、キュウカは、皇国皇帝を宮中の奥に追い詰めました。
公国の主たる者に仕える臣の身に在りながら、その宗主たる自分に刃を向ける事の非を責める皇帝に対し、キュウカは、一国の王とは、そこに住まう者達全ての父であり兄であるべき事を説き、その立場にありながら自らの欲望の為に、子弟たる臣民を虐げた事への罪の重さを語りました。
そして、その罪に対し、臣として人間として、自決を以ってその誇りを全うさせるという最後の情けを示しました。
キュウカが差し出した刃を受け取ると、皇帝は自らの生命を惜しみ、その誇りを捨てて彼へと襲い掛かります。
キュウカは、悲哀と憤りを以って、自らの手により、皇帝の生命を絶ちました。
こうして、「白陽の会盟」に始まったキュウカの雪辱の戦いは、幕を下ろしました。
都の治安の乱れを治め、盟友・カムサの到着を待つキュウカの許に、配下の者より、牢に捕えられていた者が自分に会いたいという申し出をしているという報せが入ります。
何事かと訝りながらも、件の人物の申し入れを受けたキュウカは、その人物が、サッペンハイム公の使いである事に驚き、そして、彼の口から告げられた故国の大事に更に驚かされました。
その報せは、公爵領が、東大陸からの侵略軍に攻められているというモノでした。
それを聴いたキュウカは、迷う事無く自らの為すべきことを決断します。
彼は、配下の諸将を集めると、もたらされた報せについて告げ、自身は直に準備を整えてサ・ルサリアへと帰還する考えを述べました。
キュウカの言葉を聞き及んで、サイフォン・リレイは勿論の事、他の諸将も尽く彼に従う事を望みました。
それに対し、キュウカは、ヨウレイに都の護りを頼み託し、それと共に、カムサへあてた手紙を預けます。
帰還の準備が整うと共に、キュウカは、己に従う将兵と、必要となる軍糧のみを船に載せ、サッペンハイムの窮地にあたるべく旅立ちました。
キュウカが去ってより数日の後、都に入ったカムサに、ヨウレイより、キュウカの手紙が渡され、カムサがその手紙を読むと、そこには、急ぐ事の故に挨拶も無く去ったことへの侘びと共に、天に日が昇らぬ事がないという道理が語られておりました。
そして、カムサが、宮中の玉座に至ると、そこには、天命を受けて王となる者が誕生する時に、その瑞兆として現れると言い伝えられる神獣を描いた御旗が掲げられていました。
それにより、キュウカの言わんとする事を理解したカムサは、皇国の領内が治まったのを機として、帝位に上りました。
即位に臨んだカムサは、集った諸侯・臣民達を前に、その宣言の内にキュウカをして天下第一の名賢と讃えて、広くその功を知らしめました。

軍神記‐叙伝‐第七話

偽りの降服によって騙し討ちにされたキュウカは、何時しか独り敗走の路を行く身となります。
その戦いの中で負った傷によって気を失った彼は、愛騎<伯皇>に身を任せて落ちて延びました。
そんな彼を助けたのは、秘境に暮らす<深き森の民>と呼ばれる一族の娘、ルィーファでした。
心身共に傷付き疲労するキュウカを手厚く看護するルィーファ。
そのお陰で、キュウカの傷もすっかり癒えました。
感謝し去ろうとするキュウカに対し、ルィーファは、他者の将来を見透かすという自らの神的占術を以ってしても覗い知れない彼の宿命を見極める為、同行をする事を求めました。
ルィーファを伴い味方の陣営に帰還を果たしたキュウカに、未だ殿を務めたサイフォン将軍が帰還していない事が告げられます。
彼が必ず戻る事を信じ、キュウカは、敗残に挫けそうな自軍を鼓舞して、先の敗戦の屈辱を拭う為に再び討って出ました。
騙し討ちによって失った領郡を取り戻したキュウカ軍は、その勝利の勢いに乗って、更に敵の城を攻め落しにかかります。
その時、対峙し相争う両軍の前に突如として現れ、その間に割って入るかの如く進撃してくる一隊がありました。
その隊を率いている者こそ、サイフォン将軍でありました。
彼の帰還に士気が上がるキュウカ軍は、一気に浮き足立った敵軍を蹴散らし、勝利を我が物としました。
無事に帰還したのみに留まらず、落ち延びた先で皇国軍の悪逆な振る舞いを正し、その縁を以って美しき伴侶まで伴って来たサイフォンの活躍を聴き、キュウカは大いに彼を讃えました。
サイフォン将軍の帰還と、連勝に意気が高まるキュウカ軍ですが、その前に大きな敵が立ちはだかります。
それは、西大陸の一国の兵を預かり、その優れた戦の才能を以って、<軍神>の異名を戴く名将・ウリョウの存在でした。
彼と対峙し、その布陣の見事なる事から噂に違わぬ戦才を見抜いたキュウカは、全軍へ慎重に構えて討って出る事を堅く禁じます。
そして、自らは彼を破る策を考える為と告げて、陣営の奥に籠もり、身の回りの世話をする侍臣以外の者とは会いませんでした。
そのことを聞いた敵は、キュウカがウリョウを畏れていると考え、益々以って意気を盛んにしました。
味方にも不安による動揺が見え始める中、キュウカより、七日の後には敵を破るべく討って出るので、それに備えるようにという命令が全軍に下されます。
そして、キュウカは、言葉の通りに、七日目の夜明けと共に突如として、自らの親衛騎を始めとする一隊を率い、単身で討って出ました。
何の策も無い様にすら思える出陣ながらも、諸将は尽く彼の後に従い、討って出ました。
常に違ってその精細を欠くキュウカの采配に、キュウカ軍は徐々に圧され始めます。
キュウカ軍の将兵の心に、敗戦の覚悟が芽生えようとした時、俄かに敵軍の背後より、キュウカの新鋭騎のみに許された将旗を掲げた一隊が現われました。
その隊を率いている将こそ、キュウカ本人であり、本隊に在ったのは、彼の影武者を務めるシェーリーでした。
見事に、味方の将兵共々敵軍を欺いたキュウカは、一気にウリョウの本隊を奇襲し、彼を敗走させました。

キュウカの奇策によって敗れたウリョウは、即断で全軍を撤退させ、堅牢なる城の守りを活かした篭城策を以って、再起の時を狙います。
ウリョウの篭もる城の北と南の背後に連なる支城に控えた敵の増援を知るキュウカは、その先を制するべくサイフォン達を其々に当たらせ、それと同時に敵を下らせる為、水攻めと兵糧攻めを計りました。
キュウカは、全ての備えが整うと、敢て自らの軍を後ろに下げ、ウリョウへと降服の勧告をします。
それに対し、ウリョウは、自らの戦才と将としての器が、キュウカに及ばぬ事を理解し、潔く勧告を受け容れ降服しました。
更に、敗戦の将として、その責を負って死を求めるウリョウに対し、キュウカは、遺恨を捨て自分に仕える事を求めますが、彼は忠節を重んじてそれを拒みます。
キュウカは、その後も、三度に於いて彼に見え、臣として主に過ちあれば、それを厳しく正さなくてはならない事、そして、その悪逆なる主の振る舞いを知りながら、それを正さなかった彼の不明を指して、彼に果たすべき事を果たせと説きました。
大義を以って小義を改める、その理を諭されて遂に、ウリョウは再びの出仕を以って、キュウカの助けとなる事を誓いました。
ウリョウは、自ら南北の支城に在る副将達を説いて、キュウカに降らせる事で、無益な血が流される事無く全てを収めました。
強敵と対峙してこれを見事に討ち破り、更には、その敵を己の懐に容れて助けとするキュウカの類い希なる将器を讃え、将兵達はこぞって彼を真に《軍神》の名を戴くに相応しき者として畏れ敬いました。
そして、《軍神》たる彼の声望は、味方のみに聞えるに留まらず、敵にまで響き渡って大いに畏怖させる事となります。
そのキュウカ軍の活躍を助けに、カムサの本軍も大いに勝利を重ね、両軍は遂に、皇国の国都である泰の都の喉下近くにまで、進撃の刃を突きつけるに至りました。
カムサ・キュウカの両軍が迫るのを恐れ、皇国は諸侯に援軍を求めますが、それに応じる者は僅かで、北に在る同盟国を頼る事になりました。
その皇国の動きを知ったキュウカは、敵の備えが固まるのに先んじてそれを制するべく、自らの軍を率い、先陣として討って出ます。
正に破竹の勢いで突き進むキュウカ軍の前に、皇国軍の砦城は次々に陥落されていきました。
その勢いを恐れた皇国は、自軍の主将の一人にして、それまでの遠征に於いて目覚しい働きをしている猛将・ファディンを都に呼び戻し、キュウカの進撃に当たらせます。
皇都の西の関たる砦城を見事に陥落させたキュウカ軍の前に、ファディン率いる皇国軍の主力である総勢5万騎が立ちはだかりました。
それに対するキュウカ軍は、総勢2万余騎にして、劣勢にありました。
敵軍の数が自軍に倍する事を恐れ、慎重な策を計る諸将に対し、キュウカは、敵の数が如何に多くとも、その統率は乱れ士気は自分達に遥かに劣る事を挙げて、大いに勇気づけます。
そして、サイフォン・キョウナ・リレイ・ウリョウと次々に味方の将の名を上げ、その才の長けている所をそれぞれ具に語り、敵に勝ることが甚だしいと褒め称えました。
そのキュウカの言を受け、諸将はその誉れを以って奮い起ちます。
それに満足したキュウカは、将兵を良く休ませると、迷う事無く砦城より出てファディン率いる皇国軍と対峙しました。
両者が軽挙を避けて互いに睨み合う事は数日に及び、キュウカはその睨み合いの中で、勝機に繋がる一因を探し求めます。
そして、それは計らずも、皇国に味方する北の方より現われました。
キュウカが、敵の増援かと危ぶんだその数の2千余からなる一隊を睨む中、それを率いる将は、皇国の兵に対し宣戦の一声を入れると、威風堂々としてキュウカの陣営へと参軍するべく馳せました。
キュウカの陣営に迎えられた件の将・ヨウレイは、その歳の若さに反して穏やかに自らの名乗りを終えると、嘗て<月里の大戦災>の折に、キュウカが官軍の暴虐なる振舞いより、自分の姉を守り助けてくれたことを語りその恩に報いる為に義勇の徒を集い赴いた事を告げました。
その証しとヨウレイが、自らが身に纏った外套を示すと、それは紛れも無く、嘗てキュウカが、官軍の暴虐なる振舞いに憤り、それを斬って伏せた際に、辱しめを受けようとしていた婦女に対し、罪を謝して渡した自身の外套でした。

軍神記‐叙伝‐第六話

カムサとの城砦奪還の策を計り終えたキュウカは、自らの陣営に戻る帰り道に、嘗て共に戦った仲間である親衛騎の面々と再会します。
彼らは、キュウカに対し、口々に懐かしい思い出を語りますが、その中に混じる一人の少女の存在によって、その親睦はたたれます。
その少女のキョウナという名前を聞き、キュウカは、その少女の面影に、彼女が何者であるかを思い出します。
彼女は、嘗て、キュウカが鎮めた内乱の折り、その人質として捕らわれていた人間の一人で、その後、キュウカがカムサ達のも止めに応じて、出仕した際に、侍女として彼の身の回りの世話を尽くしてくれた存在でした。
昔を懐かしみ、親しく声を掛けるキュウカに対し、キョウナは、まるで長年の仇敵を見るが如き、冷たい一瞥を示して去っていきます。
彼女の態度に戸惑うキュウカへ、彼女の副将を務める傭兵戦士のディフが、キュウカが国を去った後、瓦解しようとした自分たち親衛騎をずっと纏め続けたのが、他ならぬキョウナであり、皇国の侵攻による戦いにおいて、キュウカの帰還を誰よりも信じ待ち望んでいた事を語って聴かせました。
そして、彼女が強くキュウカの帰還を待ち望んでいたが故に又、それが果たされない事を恨む想いも募ってしまったのだと、ディフはキュウカに告げました。
それを聴いたキュウカは、キョウナの想いをこれ以上に裏切らないよう、そして、彼女に認め許されるように、この先の戦いにおいて、自らが今日までに培ったものを示す事を嘗ての仲間達に対して誓いました 。

キュウカは、皇国軍に奪われた嘗ての自領を奪還するべく、サイフォン将軍を副将に、配下の兵を率いて出陣します。
前の戦での失態を取り戻すべく迎え討たんとする敵軍を、キュウカは、自らの親衛騎を率いて抑えると共に、サイフォンの率いる隊を別働に割いて、敵の本拠たる砦城を急襲させました。
サイフォンが砦城に迫ったとき、そこを守る兵士達がにわかにざわめきます。
そして、堅く閉ざされていた砦城の門が内より開かれました。
そのからくりは、後方の変事に浮き足立った敵軍を、見事に打ち破ったキュウカの入城を迎え入れた人物の存在にこそありました。
その人物とは、サ・ルサリアの地にて別れた筈の女傑・リレイであり、その腕に抱かれている養い児・シジェンでした。
リレイは、西大陸に上陸すると、サイフォンと別れた後、旅の商団を装ってサッペンハイム公から託された財物を護りながら、彼の砦城に潜り込んでいたのでした。
リレイとの再会に少なからず驚くキュウカに対し、彼女は、キュウカが去った後、シジェンが寂しがった事を告げ、自らが至った理由だと伝えます。
それを聴き、キュウカは、後詰めの形で入城したカムサ達に、シジェンを自らの子だと告げ、それに加えてリレイの事を説明しました。
見事にその郡領たる砦城を取り戻したキュウカは、その地の守りをサイフォンに任せ、自らはカムサと共に公国領内の復興と軍の再編を行う為、国都に身を置きます。
そのキュウカの尽力により、迅速な建て直しの叶った公国は、皇国の侵攻に抗うべく、戦う事を選びました。
進撃の準備に励むキュウカに対し、ある時、カムサがこれまでの激務に報いるための休息として、それまでに調べておいた彼の生まれ故郷の事を告げ、そこを訪ねるよう勧めました。
キュウカは、これから先の戦いに赴くために、自らの過去に決着を着けるべく、それを受け容れました。
そして、キュウカは、訪ねた先の生まれ故郷で、自らの出自の奇なるが故の悲しき宿命を知り、又、自分達の存在を奪われ失った心の憂え故に、病み衰えた母親の姿をみて、その恨みの全てを忘れて生きることを選びました。
自らの生まれ故郷とその一族に完全なる別離をし、彼は、ただ、己の為すべき事を成すべく、その為の道をここに歩み出しました。
そのキュウカの前に、思いがけずして、意外ともいえる存在が現れます。
それは、生き別れの双子の妹であるシェーリーという名の存在です。
キュウカと同じように、強運にも命を存えた彼女ですが、その境遇は彼女を他者の生命を奪う事で生きる糧を与える暗殺者という存在にしていました。
共に生まれ、共に捨てられながら、闇に生きる事しか許されなかった自らの存在とキュウカの存在との違いを恨み呪う彼女は、キュウカの生命を奪う事を望みます。
シェーリーの心の痛みを知ったキュウカは、唯一つの望みたる<白陽の会盟>での恥辱を雪ぐという志しを果たすその時までを期限に、彼女の恨みを受け容れる約束を結びました。
キュウカの語る言葉の先に、彼の本質を見極めるのも一興と考え、シェーリーはその約束に納得を示して、姿を消しました。
シェーリーとの邂逅と、そして、交わした自らの死の約束を、逃れ難い宿命として受け容れたキュウカは、嘗て師たる老隠者と交わしたもう一つの宿命の約束を甦らせました。
そして、何よりも辛い記憶に残る故郷に足を踏み入れた彼は、師との約束の地にて、その約束の証したる一振りの美しき槍を見つけました。
その槍の銘たる<烈華>こそが、彼の老隠者が何者であるかを、キュウカに教え示してくれました。

嘗ての邂逅にて、キュウカへと数多の才を伝授した老隠者の正体とは、伝説に語られる存在たる神仙の一人、世界の理の運行を司る者とされる《八祥王》が一柱の<華祥王>でした。
彼の神仙は、その伝説に於いて、恵み多き世界に堕落した人間達の有り様に憤り、他の七柱の神仙達を敵にしてまでもそれを裁かんとして、破れその神力を失ったとされる存在でした。
師たる老隠者の残したその<烈華槍>より、キュウカは、<華祥王>が人間の世に望んだ最後の想いと共に、自らに授けられた天命を知ります。
それは、『偽りの王者達の思惑によって乱れた人間の世に、真なる王者を導き、新たなる秩序を打ち立てること』でした。
キュウカは、その天命を自らの宿命の一端として受け入れ、ここに己が臨むべき戦いへの誓いを固めました。
カムサの許に戻ったキュウカは、その出征の最後の準備を果たし終えます。
いよいよ、出征の時となり、文武百官と諸将を集めたカムサは、その宣誓にあたり、キュウカを自らの臣下ではなく、盟友として己と同列の大将の礼を以って、その陣営に迎えました。
キュウカが今日までに示した力量と、彼に従う将兵の勇猛である事を以って、カムサの振る舞いに逆らおうとする者はありませんでした。
そして、カムサをして盟主とする皇国の悪逆討伐の旨を記した檄を以って、その宣戦布告とした大戦の幕がここに切って落とされました。
それは、後に《軍神》の異名を戴く稀代の英雄となるキュウカの鮮烈なる戦いの幕明けでもありました。
その領郡たる砦城にて、サイフォンに預けてあった配下の将兵と合流したキュウカは、開かれた軍儀に於いて、自らの一軍を割いて別動隊とし、これを自らが率いて支道より皇都を目指す事を進言しました。
それは、キュウカが率いる一軍のみを以って、皇国の大軍に当たるという危険とも言える策であると同時に、敵の戦力を分散させるという意味で理に適った策でした。
諸将の中には、これを無謀と意見する者もありましたが、キュウカは、「戦の勝敗は、兵の数で決まる訳ではない」と、確かな自負を以って語りました。
その言を入れて、カムサは、キュウカにキョウナを副将にする事を条件に別動を許しました。
別動の一軍を率いて支道を行くキュウカは、その宣言通りに速攻奇襲を以って敵の虚を突き、難なくその初戦を制しました。
そして、更に勝利の勢いを以って、次々に敵の城を陥落させていきます。
キュウカの活躍によって、敵軍は完全に足並みを乱され、その影響は本道を行くカムサ達主力軍が当たる敵にまで及びました。
見事なまでの快進撃を果たすカムサ軍の戦い振りを見て、皇国軍が警戒心を激しくする中、皇国に従って来た諸侯の内より、カムサに味方をする事を選ぶ者達も現われ始めました。
その中でも、真っ先に訪れたのが、嘗て<月里の大戦災>の折に、共に遊軍となった公国の若き名将・リフィユであり、彼は義兄たる王主の亡き後は公国の重臣の一人として仕えて来た身ながら、今回のカムサの出征に対し、一族の諌めに反してまでも訪ね参って来ました。
リフィユを始めとする者達の参軍に喜ぶカムサ達の許に、ある時、皇国の侵攻によって援軍を求める使者が訪れます。
それは、辺境ともいえる地にある国からの求めであり、援軍を送っても間に合わない程の戦況にであリました。
諸将がその求めに対して難を示す中で、唯一人キュウカのみは、求めに応えて援軍を出すべきだとカムサへと説きます。
しかし、カムサは全軍を統べる盟主として、従う将兵を危険に晒す事を厭い、彼の進言を退けました。
それに対しキュウカは、配下の将兵をサイフォンに預け、一軍の大将としてではなく、一人の義勇の徒として助けに赴く事を選びました。

一軍の将たる者としての立場を犠牲にしてまでも尚、救援に向かおうとするキュウカの想いに動かされ、カムサは彼に戦線離脱を許しました。
救援に赴こうと準備を整えるキュウカに、キョウナとその親衛騎、そして、リレイが強く同行を望みます。
カムサの許しもあって、それを受け容れたキュウカは、義勇の兵として援軍に応えて戦地に赴き、城を囲んだ皇国軍の一隊を突いて、その囲みを解き入城を果たしました。
カムサ軍からの援軍を望めない事に落胆を隠せない国主に対し、キュウカは、自らの生命に懸けても、敵を退ける事を約束します。
その真摯に過ぎる言葉を聴いて、その理由を計りかねる国主に対し、キュウカは、嘗て<月里の大戦災>に於ける<白陽の会盟>にて、自らが恥辱を受けた時、それに対し唯一の情けを示したのが今は亡きこの国の先代国主である事を語り、自らが命懸けで戦うのはその恩に報いる為であると応えました。
そして、キュウカは、約束の通りに配下の兵のみを率い、夜陰に乗じた奇襲を以って敵軍を一気に蹴散らし、更にはその蓄えたる兵糧・糧秣を尽く焼き払いました。
キュウカの攻撃によって、士気を挫かれ備えを失った皇国軍は、戦う術を失い、撤退を余儀なくされました。
皇国軍の再びの襲来に対する備えの術を整えた後、キュウカは、援軍の礼として贈られた品々の一切を封じ残して彼の国から去りました。
再びカムサの許に戻ったキュウカは、配下の将兵と共に次の戦いに臨みます。
ある戦いに於いて、キュウカの将才を畏れ、戦わずして降服を申し入れた者達がいました。
キュウカは、それを受け容れると、カムサに許しを得て、彼らをそのまま領郡の城に留め、その地位身分の全てを安堵しました。
しかし、キュウカは、彼らの内に疑うべき芽がある事を感じて、密かにカムサに進軍を止める様に進言し、キョウナとレイリに兵の一部を預けて、その後方の領城にて備えを固める事を命じました。
そして、自らは、サイフォンと共に進軍を試みます。
キュウカ達の一軍が、敵軍に攻撃を仕掛けた時、それに呼応して先に降服した者達が、キュウカ達の背後を襲いました。
キュウカは、腹背に迫る敵を前に、その偽りの降服を疑いながら、一縷の信義を求める心によって、この様な窮地を招いた自らの不明を恥じ、その責任を果たすべく、自身の殿を以って味方の撤退を計らうとしました。
そのキュウカの意志を見て取ったサイフォンは、キュウカの決断を一軍を率いる大将の身に在る者として、この上も無き愚行だと笑って止めます。
そして、彼は、このような時の殿の務めなど、ある程度の信頼があり、それでいて失って惜しくない者に命じるべきだと言って、自らその務めを果たそうとしました。
その生命を懸けて殿の役目を羽田さんとするサイフォンに対し、キュウカは、彼を世界の果までも探して尚得がたき、至宝の如き人物だと告げて、嘗てその邂逅の始めに交わした約束通りに、必ず生きて自分の許に戻る事を誓わせます。
それに対し、サイフォンは、キュウカに必ず生きて再起を計る事を誓わせ、自らも生き残ることを誓って、殿の役目を果たすべく迫り来る敵軍に当たるべく別れ去りました。
キュウカは、最後の最後まで味方の軍を鼓舞して追撃の敵と戦いながら、配下の兵達に生きてキョウナ達の守る本営に戻る事を命じ、自らも敵を避けるべく落ち延びて行きました。

軍神記‐叙伝‐第五話

ある時、キュウカの情け深さとその高潔なる意志を慕う人々の声により、彼を王女の伴侶に迎え、その後に、王国の新たなる主に戴こうとする気運がたかまります。
サッペンハイム公爵は、それを王国にとっても好ましき事と考え、キュウカに対し、その意志を測りました。
しかし、キュウカは、「王位とは、人間の意志によって決められるモノではなく、上天の意志によって定められるモノです。測るに、私にはこの国の王となる定めは許されてないようです」と応えて、王位を望まぬことを示しました。
何故、彼が、自らに王位を望まなかったかと言えば、それは自分が王位を望むことで、反対派によって国が二分され乱れる事を恐れると共に、自らには、果たさなくてはならない事があり、自分もまたそれを望んでいる事を良く知っていたからでした。
それから、数年の後、彼にとっての正に<天命>と呼ぶべき戦いに臨む時が訪れます。
それは、遠く離れた地からの一つの知らせに始まります。
キュウカの故郷のある西大陸にて、東の大国にして、他の公国・諸侯を統べる盟主国が、自らの統治を以って属国を治めようと兵を挙げたという知らせでした。
それは、キュウカが救国の想いを懐いて、親友であり主であるカムサの下を去ってより、五年を数えようとする歳の出来事であった。
故国の大難の知らせを知ったキュウカは、嘗て交わした約束を果たすべく、大恩ある公爵の許を訪れ、官を辞してその許を去るべきを伝えます。
驚きながらも、それを認めた公爵は、キュウカの今日までの功労に報いる為、自らの兵の内から精鋭を選んで、キュウカに親衛騎として与えようとしますが、サ・ルサリア国が、長く西にある大陸の大国に狙われている事を知るキュウカは、公爵の申し出を辞して、単身での帰還を求めました。
サ・ルサリア国を訪れ、そこに身を置いてよりの縁深き人々に短い別れを告げたキュウカは、故国の窮地を救うべく、独り帰還の旅路につきました。
その焦る気持ちに押されて、強行軍に継ぐ強行軍で、故国への帰還を果たし、無事に親友の待つアンショウ公国の都城に入ったキュウカは、故郷を懐かしみ親友との再会を喜ぶ暇もなく、預けてあった領郡の城砦の陥落と、それによる防衛の為の最終決戦という窮地の状況を知らされます。
繰り返された戦いによって、味方で戦える者は五千にも満たないのに対し、敵は目の前にいるだけでも一万は下らないという残酷な状況にあって、キュウカが、戦況挽回の策を計る中、カムサは、その明知を頼み信じて時を稼ぐべく、篭城の策を採りました。
親友の為、そして、故国の為に、起死回生の策を計り求め、苦しみ悩むキュウカ。
その想いも虚しく、敵兵の動きが烈しくなる中、彼の許に一通の書状が届けられます。
それを読んだキュウカは、求めていた窮地を打破する策が成ったと、カムサへと告げました。
そして、明日の明け方、敵が襲来する前に、こちらから討って出る為、今夜は見張りの兵以外を、十分に休ませるように進言します。
それに対し、他の臣下や将達が、訝り不信がる中、カムサのみはキュウカの言葉を信じ、その言葉に従って、将兵達に休息を命じました。

一夜が明けると共に、備えを整えて、討って出ようと計るキュウカに対し、諸将は皆それを躊躇い渋ります。
キュウカは、それに対し、説得を試みる事無く、カムサ王に向けて、出撃の命を下す様に求めました。
それでも尚、渋るならば、唯一度だけ討って出た後、敵と刃を交える事無く、城に戻れば良いといってのけます。
それを聞いた将の内、カムサの側近として親衛を務めるウショウとロンウの二人のみが、配下の兵を率いて従う事を、カムサへと申し出ました。
キュウカは、二人の申し出に大いに満足をすると、カムサに対し、出撃の礼をとる振りをして、密かに自分達が討って出た後、敵と刃を交えて直ぐに退却の合図をする様にと指示を告げました。
いよいよ、討って出て敵の陣営に奇襲とも言える攻撃を仕掛けたキュウカ達ですが、その攻撃が功を奏することはなく、直ぐに敵の一軍によって押し戻され、勢いを失います。
そこに、キュウカの求め通りに、撤退の銅鑼が打ち鳴らされ、全軍が一気に退却することとなります。
それに勢い付いて、追撃してくる敵兵を、キュウカは巧みに殿の位置に在っていなし、無事に撤収を果たしました。
キュウカ達の籠もる城の門を破ろうと、敵兵が躍起になる中、突如としてその背後から、数十の小隊に分かれた軍勢が現れます。
その数、総勢一万、それを見たカムサ達は敵の増援と判断して、その命運が尽きた事を覚悟しました。
しかし、その現れた一軍の旗印は、<盾に描かれた大樹>という、西大陸には不在の諸侯のモノでした。
訝るカムサ達に対し、キュウカは笑って言います。
「あれこそは、紛れも無く、我等を助ける為に現れた援軍だ!」と。
そのキュウカの言葉に違わず、その一軍の主将を務める将は、城を取り囲む皇国の兵士達に対し、宣戦布告の名乗りを上げます。
その将こそ、キュウカの腹心にして、サ・ルサリアのサッペンハイム公軍で最も猛々しき将と讃えられるサイフォンでした。
サイフォンの号令の許に動いた兵達が、敵兵を蹴散らすのを見て取ると、キュウカはカムサに対し、討って出ることを進言します。
その言に、先程の出撃が、敵を欺き誘い出す為の策である事を悟ったカムサは、諸将に出撃の命を下し、自らも討って出ます。
キュウカは、サイフォンとその兵達と合流すると共に、その見事な采配を以って、浮き足立った敵兵を一気に打ち破り敗走させました。
味方の疲労の深さを考えて、深追いを避けたキュウカは、サイフォン達と共にアンショウの都城へと凱旋します。
軍装を解き、落ち着いたところで、キュウカがサイフォンへ事の次第を問うと、彼は全てはサッペンハイム公爵の考えだと、公爵が認めた書状を手渡します。
そこには、キュウカのことを想い、その助けとしてサイフォン以下一万余の精鋭を援軍として派兵した旨と、更には、軍資金として幾ばくかの物を彼等に託した事が記されていました。
その書状の内容を読んで、公爵への感謝を示すキュウカに対し、サイフォンは、公爵からの預かり物は、或る人物に預けてあるので、直ぐにでも取りに行くべきだと告げます。
その品物の在りかを訊いたキュウカは、返ってきたサイフォンの言葉に、それが奪われた自らの領郡の城砦に在ると知ると、驚いた後に、彼の城砦を取り戻す術が転がり込んだと大いに喜びました。
キュウカは、件の城砦の奪還に備え、サイフォン達将兵に休息を踏まえた待機を命じると、早速にその詳細を計るべく、カムサの許を訪れました。
先の戦いの勝利の立役者として、キュウカに感謝を述べると共に、改めてその再会を喜んだカムサは、その場で一人の女性をキュウカへと引き合わせました。
その女性の名はメイファといい、キュウカが去った後、彼に代わって彼の領郡を護り治めていた将の妹で、兄が皇国との戦いで生命を落すとその忘れ形見である娘を護って、アンショウの都城に落ち延びてきていた存在でした。
メイファは、キュウカの前に進み出ると、兄に代わって彼の所領を失った事を詫びます。
それに対し、キュウカは、「奪われた城なら再び取り戻せばそれで良い、しかし、奪われた生命は如何なる術を以ってしても償いようが無い」と、逆にメイファとその姪に対し、自らの至らなさにより、取り返しの叶わないことをしたと詫びました。

軍神記‐叙伝‐第四話

キュウカは、サッペンハイム公爵の人柄とその言葉に、一片の偽りの無い事を見て取ると、仲間達を説得して、公爵に降ります。
約束通りに赦免されたキュウカ達は、公爵の臣として戦い、公領の乱れを見事に鎮めました。
その功績によって、領内の三郡を与えられたキュウカは、先ず領内の街道を整備し、更に街道の要所に警備の兵を置くとことで治安を向上させます。
そして、領土の南北の港を活用し、物品の流通を盛んにして、商いを充実させました。
加えて、一年を通して領内の気候が温暖である事を活かし、キュウカは、領内の人々に年二期の農事を奨励しました。
キュウカの統治により、元よりの領民は豊かな暮らしを得、流民となった者達を受け入れ仕事を与える事で更なる租税が集められる様になります。
そのキュウカの統治の影響は、サッペンハイム領全体を栄えさせていきました。
しかし、そんな、サッペンハイムの発展を快く思わず、更には、それによって王国内に於ける自分達の地位が危うくされる事を恐れた一部の貴族達が、主である王女を欺き、公爵に叛乱の企み在りと偽って、処刑しようと計りました。
自らの名誉と、領内に暮らす者達の平穏の為に、本国サ・ルサリアの王都へと赴き、主に弁明しようとする公爵を説得し、キュウカは、自らの親衛騎のみを率いて、王都への道を切り開く戦いに臨みます。
企みを成就する為に、兵を率い待ち伏せしていた貴族・諸侯は、公爵の先陣として兵を率いて現れたキュウカの存在に、公爵の叛意の証しになると大いに喜びました。
キュウカは、敵の存在を察知すると、声高々に名乗りを上げて、相手に対し、兵を退け道を開けることを求めます。
それを聞いた諸侯達は、キュウカの兵が少ない事を侮り、一気に蹴散らそうと問答無用に襲い掛かってきました。
それを見て取ったキュウカは、公爵の臣として、主を護る事の正義を示すと宣言すると敵を迎え撃ち、大いにこれを討ち破ります。
初戦を制せられて、焦り攻めて来る諸侯の軍を次々に打ち破り、見事に国都まで至ったキュウカは、そのまま王城に入ると、その門前に親衛騎を止め、副将のサイフォンと数十名の護衛のみを引き連れて、王女へと謁見します。
そして、その場で、何の証しも無いままに、国の第一の臣下であるサッペンハイム公に対し、兵を差し向けた貴族達の非礼を糾弾すると共に、それを許した王女とその後見役たる者達の咎を責めました。更にキュウカは、王女に対し、一国を担う主として、誰をその助けとして信じ頼りとするべきか真に見極める事を諫言しました。
キュウカは、告げるべきは全て告げたと判断すると、王女に対し、この度の国都への出陣は全て自らの一存である事を告げ、国内に混乱を招いた責を負って公領にて謹慎するべく、兵を退いて領土の居城へと戻りました。
王女は、サッペンハイム公が、自らの身の潔白と共に、キュウカの行いの弁明を訴えると、この度の争いは公爵と貴族達の両者が国を憂えたが故として、全てを不問とする形でことを治めました。
そして、公爵を王国第一の臣下にして、自らの後見を第一に果たすべき者として、王城に集った臣下一同の前に宣言を下しました。
その宣言により、公爵が王都に止められると、キュウカは、公爵の求めにより、公領における政治を代わって執り行う役目を担います。
公爵の代理となったキュウカですが、その行いは地位に驕ることなく、公に在っては礼節を重んじ、私に在っては他者を身分などで差別することなく、その才を認めれば、それが浮浪や無頼の徒であろうとも親しく交わりました。
特に、私事においては、相手に学ぶ事あれば、師を仰ぐが如く深い礼を以って接しました。
又、公事においても、他者が罪を犯しこれを裁く事があると、必ずその罪を犯した理由を問い、それに対し情けを掛ける事を忘れませんでした。
それ故に、彼に対し、深い恨みを懐く者は少なく、むしろ皆、畏敬を以って彼に報いました。
彼がサッペンハイムの執政を代理して二年の後、サ・ルサリア全土を天候不順の害による飢餓が襲いました。
この時、自らの務めの他に農作物の育成を研究していたキュウカは、その治める領郡に奨励していた作物によって、その被害を最少に止め、更には、日頃の公領に於ける蓄えの豊かさによって、難を得ずにすみました。
しかし、サ・ルサリア本国に於ける被害は甚大でありながら、貴族達の多くが領民をその餓えの苦しみから救う事を行おうとはしませんでした。
キュウカは、飢餓に喘ぐ民の苦しみを見るに忍びず、公爵に公領の蓄えを以って、それを救済する許しを求め、加えて自らの私財を以って人々に施そうとします。
この行いを愚かと嘲笑う貴族達の声も気にせずキュウカは、公爵の許しを得て授かった分を加えた財を惜しみなく費やして、食糧を買い集めて広く国土の人々に分け与えました。
それでも尚、飢餓によって生命を落す者はありましたが、助けられた人々は大いにキュウカへと感謝をしました。

軍神記‐叙伝‐第三話

「白陽の会盟」にて、恥辱を受けたキュウカは、己の内に戦う意志も見出せぬままに、遊軍を命じられたカムサに従い、戦場に赴きました。
傍観者の如く、力押しで初戦を制した官軍の戦いを見ていたキュウカは、陥落した敵の城に於いて、略奪や暴行の限りを尽くす官軍の将兵の振る舞いに、烈しい憤りを抱きます。
そして、何よりも、それを見過ごす事となった自分自身の愚かさに、キュウカは、怒りを覚えました。
キュウカは、勝者として敗者に対し、残虐な狼藉を働く官軍の有り様を前にして、自らの手で乱暴を働く兵の一人を斬って捨てると、その害に晒された婦女へ罪を詫びます。
そして、キュウカは、自らの不明という罪を贖うため、官軍に対し、一つの戦いを仕掛ける決意を固めました。
それは、自らの誇りにかけて、官軍の内に在って、官軍の悪逆を討つ為の戦いの決意です。
キュウカは、一軍を率いて戦う将の有り様と、それに従う兵の有り様を示すために、官軍に先んじて、敵の城を全て陥落させようと計ります。
自らの想いのために、約束の言を違える事を詫びるキュウカに対し、付き従う親衛騎達は、喜んで戦う事を誓い、カムサと、共に遊軍として軍を構える同盟国の将・リフィユも又、官軍の振る舞いによって自らの名と故国の名誉を貶める事を憎んで協力を誓ってくれました。
自らの戦う理由を得たキュウカは、その意志を示すべく、官軍が敵の主力の軍と戦っている隙を突いて、その知略を以って次々に敵の城を陥落させていきます。
そして、敵の本拠を掌握した後は、その門を堅く閉ざし、味方の官軍の将兵すらも外に止めると、その間に財物庫を始めとする各所に守衛の兵を置いたり、そこに住む住民達に戒厳令を敷いて、家の外に出ないよう厳しく命じました。
又、何者であろうとも、狼藉を働くものあれば、これを厳しく咎めることにより、軍紀を堅く引き締めました。
キュウカ達の働きにより、官軍の進軍はその歩みを確かにし、遂に敵の本拠にせまります。
隣国の援軍を頼みに篭城を図る敵、それを見て取ったキュウカは、僅かな護衛の兵と共に、敵の居城に忍び込みました。
そして、相手の陣営に赴いた彼は、互いの兵力の差を以って、降服を求めます。
たとい、全員が討ち死にとなろうとも恐れることなく戦うと言い放つ敵将達に対し、キュウカは、己の意地の為に、一族郎党を始めとする多くの者達の生命を犠牲にして、負け戦に臨むのが本当に誇りある行いなのかと烈しく叱責します。
そして、真に誇りを求めるのなら、その恥辱に耐えて、一人でも多くの人間の生命が助かる道を模索するべきだと諭しました。
キュウカの言葉と、ここに到るまでの行いを信じ、総大将たる月里氏の族長は、降服を受け入れます。
キュウカは、敵の総大将以下の一門をの成人を残し、他の者を全て逃がすべく計ります。
逃げる際、分かれ道と百歩を行くごとに財物を撒き散らすというキュウカの策に従い、彼らは無事に官軍の追撃を免れました。
キュウカ達の活躍によって、「月里の大戦災」はここに終結します。
そして、その功績により、キュウカにも三つの城とそれに連なる郡領が恩賞として与えられる事となりました。
しかし、キュウカは、その恩賞を、他の諸侯の働きに比べて多大だと言って自ら辞退し、代わりに、カムサが治める公国の東隣りにある小さな砦とそれに連なる郡領の完全なる自治権を求めて許されます。
その行いを殊勝だと言いながら、その内心で小賢しいへつらいと嘲る諸侯達にも構わず、キュウカは、自らの望みがかねられた事を大いに喜びました。
論功行賞も済み、諸侯達が各々の領地に帰っていく中、キュウカとカムサも陣を払って都を去って公国にもどる準備を始めます。
準備が整い帰るにあたり、キュウカは、カムサに対し、部下たる親衛騎達との約束を果たす為、自分は少し遅れてゆっくりと帰路を行くと告げました。
カムサの許しを得たキュウカは、その言葉の通りに都から公国までの帰り道を、広い主道ではなく、狭く険しい脇道を通っていきます。
そして、彼は道すがら、人里を通る際は、必ず先ずその地の長老に挨拶に行き、自らを含めた全員に馬から降りさせ、武器の先を地面に向けさせて通り抜けさせました。
又、夜を迎え休みを取る際にも、必ず村里から少し離れた場所に休みました。
その風土に親しみ楽しむ旅路において、彼が何を考えていたのかをその時に知るものは誰一人いませんでした。

無事に凱旋を果したキュウカは、直ぐに与えられた領土の城砦の改修・補修に取り掛かります。
表向きは治安を確実にするという名目で行われたものですが、その実は、後に皇国から与えられる災いに備えたものでした。
そして、その成果によって、堅固となった城砦に満足したある日、彼は、主たるカムサ王を訪ねると、突然の決別を求めます。
驚き、その理由を問う親友に対し、キュウカは、盟主国たる皇国の有り様への危惧と、その弊害による乱世の訪れを予見します。
それを治める為の力を求めるべく、自らを高める旅にでる事。
それが、キュウカがカムサ王の下を去る理由でした。
キュウカの神算鬼謀と、何よりもその意志の固さを知るカムサは、彼の求めを受け入れ許します。
そして、キュウカは、自らの領土と親衛騎をカムサに預け託し、五年を以って目的を果たす為の期日と約して旅に出ました。
親友の下を去り、当ても無き流浪の旅にでたキュウカは、諸国を廻る日々の中で、時に一宿の恩に報いる為、文盲の少年に文字を教え、その才識の一端を伝授したり、時に各地の地理・風土に触れてその感性を高めたりとしていきました。
そして、彼は、大陸の南端の先、南海に位置する小群島国のサ・ルサリアに於いて、亡き師であるリアの生まれた故郷にたどり着き、そこで彼女の忘れ形見である幼き少年と出会います。
その少年は、名前をシジェンといい、父親を生まれる前に亡くし、心患った母親のリアに代わって、リアの師である存在とその娘であるリレイという女性に育てられていました。
キュウカは、その事情をリレイ達から聴かされると、嘗て受けた師の恩とその縁を想って、彼を我が子の如く愛しみ、シジェンも又、キュウカに実の子の如く懐きました。
キュウカは、見識高きリレイの父に師事し、そこで自らの才を磨き高める為の日々を過ごします。
しかし、一見は穏やかと思われた彼の国にも乱れがあり、その乱れは、キュウカが身を置く、公爵領にも存在していました。
その国の乱れの原因は、若くして世を去った王の後を、未だ幼き王女が継ぎ、その後見である貴族・諸侯の専横の甚だしさに在りました。
その貴族達を纏め統べる力を持つ、大公爵のフィラム・サッペンハイムは、先の王位継承の戦に於いて、先王の親衛として、王位を求めた最愛の甥であった公爵を討ち滅ぼした事を憂え、その勤めを果たし切れず、更には自らの領内にも乱れを生じさせていました。
そんな国情の中、サッペンハイム公領にて、国の行く末を憂える若者の集団が、保守と改革の意見のぶつかりを理由に、闘争をはじめるという事件がおこります。
遂には、武力衝突にまで至らんとするその争いを見過ごせず、キュウカは、自らの生命をも省みずに、その衝突を止めんと両者の前に赴きます。
そして、いきり立つ両者に対し、同じ国を想い憂える者達が、この様な形で争うことの無意味さを諌め、その死に哀しみ傷つく存在があるのならば、易くその生命を落すなと諭しました。
自らに何の益も無く、それでも尚、危険も辞さず懸命に道理を説く、そんなキュウカの行いに、両者は自らの不明と不徳を認め、その刃を収めます。
そして、互いの和解の条件として、キュウカに自分達の纏め役となり、何を為すべきかを教え導く事を求めました。そんな彼らの想いを受け、キュウカは、国の乱れを正し、在るべき秩序を取り戻す為に、戦う道を選びます。
キュウカは、先ず、彼らが根城としていた古城を改修し、そこで各々が得意とする仕事を与えたり、規則を作りそれに従うことを全員に約束させたりとします。
その後、武を得意とする者達を選んで、自衛の隊を編成すると共に、連座を以ってその責とする軍律を定め、練兵が成ると自ら彼らを率いて周辺の各地で乱暴狼藉をはたらく者達を、成敗していきました。
キュウカと、それに従う者達の行いは、領内での人々の理解を得られる様になり、時に頼られその支援を受けるまでになりました。
叉、キュウカ達の志に賛同し、その許に集まる者達が現れ、その陣営は何時しか、一つの大きな力持つ勢力にまで成長します。
しかし、それはサ・ルサリア本国にまで知れ渡る事となり、遂には彼等に対する討伐の命が、サッペンハイム公に下されました。
師から、サッペンハイム公の人柄を伝え聞いていたキュウカは、討伐軍相手に戦う意志を高める仲間達を諌めておもい止まらせると、一つの覚悟を胸に、単身で公爵の下を訪れます。
そして、自分達が今日まで戦って来た理由を語ると、自らの生命と引き換えに彼らを赦し、その懐に彼らを受け容れる事を公爵へと求めました。
キュウカが示す、その揺るぎ無き意志と気高き誇りに、公爵は、この度の事は寧ろ自らの領主としての至らなさ故だと詫びて、キュウカの求めに応じるだけではなく、キュウカ自身の生命も護る事を約束しました。

軍神記‐叙伝‐第二話

師・リアの許、穏やかに暮らす日々を過ごすキュウカですが、ある時、彼が身を置く公国に、一つの変事が起こります。
それは、嘗て、現国王・ナシカと王位を競い、今は領主の地位にある人物の反乱でした。
彼の領主は、自領の豪族や有力者の子弟を人質にとって自分に従わせ、その治める城に立て篭もり、王へと反逆の刃を突きつけます。
臣下の生命を重んじるナシカ王は、相手の城を囲みますが、それ以上の攻撃を仕掛ける事を憚りました。
それを聞き及んだキュウカは、コウショウの恩に報いるためにも、師の戒めに逆らい、密かに単独で城に潜り込みます。
そこで自分と同じように人質を助けようと考え、仲間と共に場内へと忍び込んでいたナシカ王の子であるカムサの姿をみつけると、彼の存在を利用して人質を見張っている兵士達をそこから引き離す為の囮にする策を考えました。
見張りの兵士達は、公子であるカムサを捕らえれば褒美は望みのままだというキュウカの言葉に誘われて、数人を残していなくなります。
その残された者達にも、手柄を譲っても損をするだけだと功名心を煽り、更に自分が見張っておくので見返りを約束してくれと言って欺きました。
そして、見張りに残った最後の二人が油断しているところを倒し、人質達を解き放ちました。
キュウカは、助けた人質達に城門近くで身を潜ませると、カムサ達が人質を連れて逃げたと叫び、敵兵を引き摺りまわして、無事に脱出させました。
人質が解き放たれた事により、反乱軍は瓦解し、鎮圧される事となります。
キュウカは、師に逆らっての自分の行いを隠すため、助けた人々に自分の存在を口止めし、庵に帰りました。
しかし、その行いの全てを隠す事など叶うはずも無く、コウショウとそして、その主のナシカ王の知る所となります。
ナシカ王も又、キュウカの人物を気に入り、遂には息子である公子・カムサと彼を友として親しく交わらせます。
カムサも、キュウカの非凡なる才と、何よりもその人柄を気に入り、二人は良き友として親交を深めていきました。
良き師や良き親友と廻り逢い、心落ち着く日々を過ごすキュウカでしたが、その師・リアとの別れを迎える事となります。
それは、師であるリアの病に始まり、二人は永遠の別離を迎えました。
亡き師の喪に服すキュウカを励まし支えたのが、親友であるカムサや後見人となったコウショウの存在でした。
しかし、師の喪が明けた後も、キュウカの心が晴れることは無く、彼は自らの庵に籠もり、書を読み耽る隠遁の日々を過ごしました。
亡き師が望んだように、隠者として隠遁するキュウカですが、変転となる大事が彼の身の回りに起こります。
それは、彼が身を置く公国にとっての盟主国に生じた、皇太国(皇帝の義父)による皇帝暗殺未遂に端を発する内乱でした。
その大難に備える為の皇帝からの招聘による国都への出師に際し、病を得ていたナシカ王は、自らの王位を公子であるカムサに譲り、その助けとなる事をキュウカに望みました。
親友たるカムサとの縁と、ナシカ達の恩に報いる為、キュウカはその想いに従い、出仕を受け入れます。
しかし、そんなキュウカの出仕を好ましく思わない者も在りました。
その中でも、コウショウの娘婿達は、義父やナシカ王達がキュウカの才を高く評価し、重く用いる事に敵意を抱いていました。
自らに敵意を示し、それによって主たるカムサにまで不信の気持ちを抱く彼らに対して、キュウカは、自分が一歩身を引く事で、調和を図らんとします。
自分の存在を認め受け入れられない故に、カムサの出師にも易々とは従えないと主張するその言葉を受け、キュウカは、自分に従う兵は自らの力で集めると言って、事を収めました。
その言の通りにキュウカは、公国の街々で兵を募ります。
今回の出師の理由と、両者の兵力の違い、それらの事を踏まえて、大きな争いになることなく、皇太国の一派が降伏で事が収まると計っていたキュウカは、国都見物として自分に着いて来ないかと語って、腕に覚えがある者達の関心を集めました。
キュウカの示した言葉と、その内にある誠実なる人柄により、彼の求めに従い、五百余名の者達が傭兵として集まりました。
募った傭兵達を自らの親衛騎として統べるべく、その練兵に励むキュウカの許に、訪ねてきた人々がありました。
それは、嘗ての公国における内乱の際に、キュウカによって窮地を救われた者達でした。
彼らは、キュウカがこの度の出師に従うと聞き及んで、嘗ての恩に報いる為に、武具や兵糧、兵馬の類を贈ろうとやってきたのでした。
その思いに感謝するキュウカの目に、暴れる軍馬の一頭を抑えようと必死になっている馬丁の姿が映ります。
その軍馬は、馬丁が抑えようとすればするほど、逆に烈しく暴れようとしました。
そして、その軍馬が暴れるのに触発され、他の軍馬達も落ち着きを失い始めました。
キュウカは、その暴れる軍馬に近付くと、その眼をじっと見詰め、そっとその鼻先に触れ、少し落ち着くにつれて、軍馬の頭や首筋を撫でていきました。
すると、軍馬は、自らその四肢を折って、キュウカの前に伏しました。
その手並みに感嘆と賞賛の言葉を掛ける者達に対し、キュウカは、「彼らとて、我々と同じ心あるもの。無理に従えさせようとすれば、より逆らおうとするのも致し方なきこと。私は、その心にある誇りに対し、唯報いて接しただけです」と応えました。
そうして、臆することなく平然と目の前に伏せる軍馬に跨ぎ乗り、それを走らせるキュウカの姿に、見ていた者達は彼の篤実さを伺い知りました。
出師の時を向かえ、キュウカは練兵成った親衛騎を率い、新王となった親友カムサの軍の一翼を担って、共に国都を目指します。
そして、カムサを始めとする諸侯達は一同に国都の西、白陽の地に集いて皇帝を盟主に仰ぎ、会盟に臨みます。
盟主として、諸侯達へ戦いに臨む上での方策を如何にするかを問う皇帝に対し、キュウカは進んで自らの意見を述べようとします。
それは、ここに集った諸侯の大軍を以って、敵の本営を囲み、その武威を示す事で相手に降伏を促すという、双方に無益な血を流させない為の方策でした。
真に国の行く末を想う者なら、その意味を理解できるキュウカの最善と思われる方策は、皇帝に仕えその信任の厚い一人の人物の言によって覆されます。
その人物の名は、ハイス、智謀知略に長ける策略家であり、その心にある冷酷さで、他者から恐れられるそんな人間でした。
彼は、キュウカの策を第二の反逆差を生む下策と評し、他の不心得な者達を抑える見せしめとして、敵の一族とそれに従う者達の全てを尽く処刑する事こそ上策さと主張します。
そして、彼は、キュウカの身分の程を問い、その身の出自が庶人のモノであると知ると、それを衆人の前で憚ることなく嘲笑いました。
盟主たる皇帝の第一の臣が示したその態度に追従し、その場に在った諸侯の大半がキュウカを嘲りました。
キュウカは、唯その出自が貴族の出に無いが故に、自らの言の理が計られること無く、更には、恥辱までも加えられた事に、憤りと悔しさを抱きその多くの事に絶望します。
その会盟での仕打ちにより、戦う意味を見失ったまま、キュウカは後に、<月里の大戦災>と呼ばれるその戦いに臨むこととなりました。

軍神記‐叙伝‐第一話

<英雄>と言えば、歴史・史実、神話に伝説・ファンタジーと、数多に存在していますが、ここで語るのは、乱世という人間の世界に生き、その想いと意志を以って、《軍神》の名を戴く事となる一人の英雄についてです。
その名をキュウカ、若くして隠遁の生活に身を置き、自らを号して「至聖」と名乗っておりました。
彼の人は、双子として生まれ、更には誕生の時より、目が開き歯が生えているという奇相であったが為に、古き因習に捉われる一族の者から不吉とされ、共に生まれた双子の妹と一緒に、川流しにされてしまいます。
幸いにも、生命を失うこと無く、生き延びた彼は、権力者の悪政に逆らって野に暮らし、悪行ある人間から財を奪って、日々の生きる糧としている<野賊>と呼ばれる集団の頭領に拾われ育てられます。
数年の歳月が経ち、成長したキュウカですが、その生い立ちの故か、他の子供達と馴染んで、共に戯れ遊ぶよりも、独りで山野に入って散策し、時に物思いに耽る日々を好みました。
孤高に活きるキュウカを、周囲の人々は理解しきれず、キュウカも又、敢て理解されようとはしませんでした。
拾われてから今日に到るまで、頭領を始めとする仲間達の為に役立つ事が出来ないことを密かに憂えていた彼は、ある日、常の如く入った先の奥山で一人の老隠者と出会います。
キュウカの心に憂いが在る事を見抜いた老隠者は、彼の憂いを晴らす為に、武芸を教え授けるべく修行をしてくれます。
その修行の末に、<武の道>を会得したキュウカに、老隠者が、憂いが晴れたか尋ねると、彼は、「武では、一握りの者しか護れない」と応えて、満足しませんでした。
それを聴いた老隠者は、次に知略を教え授ける修行をしてくれます。
修行の末に、<知の道>を会得したキュウカに、老隠者が再び憂いが晴れたのかを尋ねると、彼は、「知では、他者の困難を解決できても救う事は出来ない」と応えて、まだ満足しませんでした。
そこで老隠者は、仁徳を教え授ける修行をしてくれます。
しかし、<仁の道>を会得したキュウカは、「仁では、他者を慰められても、本当にその人間を助ける事は出来ない」と応えて、満足しませんでした。
最後に、老隠者が、統率を以って他者を護り安んじる事を教え授けると、キュウカは、遂に自らの想いに適うモノを得たと、大いに満足しました。
その邂逅の果てに、キュウカの成長を認めた老隠者は、彼に最早教えられるモノは何も無いと悟り、自らは再び流浪の旅に出ると告げます。
その別れを惜しむキュウカに対し、老隠者は、別れの言葉の代わりに、彼の行く末を遠見し、その宿命の助けとして、一つの解(忠告)とそれに対する報い(手助け)の誓いを授けてくれました。
その解とは、彼が大望を懐き、その想いを人間の世に在って叶えようと求め望むのならば、その想いは、千の味方の死と引き換えに、万の敵の生命を奪い、その屍を積み重ねてのみ到る事のできる苦難の道であること。
それを望まないのなら、その身を隠遁に預け、決して深く人間の世の事に関わってはならないというモノでした。
そして、それでも尚、キュウカがその宿命を受け入れ、自らの大望のために戦う意志を固く懐いたのならば、その時には助けとなる物を授けから、再びこの場所を訪ねて来るようにというモノでした。
師たる老隠者の大きな恩と思い遣りに感謝するキュウカに対し、老隠者は、唯ただ穏やかに笑んでその元を去っていきました。
その修行の末に、憂いを晴らしたキュウカは、自ら進んで仲間達の為に尽くし、その才覚を以って、養い親である野賊の頭領を始めとする周囲の人々から信頼されるようになります。
キュウカにとって、決して平穏とは呼べなくても、その苦難の中に穏かな安らぎのある日々はしかし、長くは続きませんでした。

生まれながらにして捨て子となったキュウカが、その求める先に得た居場所は、時の為政者達によって奪われる事となります。
それは、キュウカが身を置く野賊に対し、為政者たる領主が討伐の兵を挙げたからです。如何に百戦錬磨の野賊達といえども、多勢に無勢で討伐隊に敵うべきもなく、奮戦も虚しく敗れる事となります。
集落に攻め込んだ討伐隊は、其処に居る者全ての生命を無差別に奪っていきました。
死を覚悟して戦う事を選んだ野賊の首領、キュウカも又、彼や他の仲間と共に戦う事を望みます。
しかし、首領はそれを許しませんでした。
そして、キュウカに対し、生き残った戦う力の無い者達を護って、逃げ生き延びる事を求めました。
それでも尚、共に戦う事を望むキュウカに対し、首領は、自分が彼のことを実の子供のように大切に想っていること、そして、何より彼を信頼し、自分達のように権力者に虐げられる人間がいない世の中を造って欲しいという想いを託します。
その想いに従い、キュウカは活きる道を選びます。
戦火烈しい集落を脱したキュウカ達を、討伐隊は見逃すことなく、執拗なまでに追撃してきました。
その追撃から逃れ走る道中に、キュウカは幾度とも無く、残忍な人間の振る舞いによって、同じ人間が無残に生命を奪われる残酷な現実の有り様を見せ付けられます。
その光景を目の当たりにする中で、キュウカは、「他者の物を奪って生きる野賊の行いが罪としてこの様に裁かれるのならば、他者の者を奪わなければ生きられない世の中を造った権力者達の罪は誰が如何さばくのか」と、天と、そして自らの心に問いかけます。
仲間を護る為に、必死で敵と戦い続ける中で、キュウカと仲間達は散り散りになり、彼は何時しか独りとなった逃走の道中で、大切なモノを何も護れなかった自らの非力さに絶望します。
絶望に打ちひしがれる心を抱えて、当ても無く孤独に流浪するキュウカは、活きる希望すら見失おうとしていました。
それでも尚、活きなくてはならないと自らに言い聞かせ流離う彼は、故郷を遠く離れた地で、一つの運命的な出会いを果たします。
それは、若くして隠遁の生活に身を置く、女隠者・リアとの出会いです。
リアは、心身ともにやつれて倒れていたキュウカを見付けると、自らの庵に連れて行き、介抱してその生命を助けると共に、彼が心に懐く深い苦しみが癒えるように、一時だけその悲しみを心の奥に仕舞って活きることを教え諭しました。
キュウカは、世の中の有り様を憂え、これ以上に心を疲れさせる事を忌んで、リアの言葉を受け入れ、彼女を師として、隠遁に己の身を置く事を選びました。
若くして隠者の身となったキュウカは、その身の目指す先のお想いを込め、自らを何時か神明の悟りに至らんとする者という意味を以って、「至聖」と号するようになります。
そして、彼は、師たるリアの教えの許、唯穏やかに生きる日々を過ごしていきました。
その身を隠遁の生活に置いて生きる道を選んだキュウカでしたが、その心の憂えを経つ事が出来ずにいました。
そして、キュウカは或る時、師の目を盗んで街に出掛けた際に、己の心の憂えを持て余して、廃屋の壁に、憂国の想いを込めた詩賦を書いてしまいます。
それを見たのが、キュウカ達師弟が身を寄せる公国の宰相たる人物・コウショウで、キュウカに興味を抱き、その人物と才識を深く知ると、彼を大いに気に入り、彼とリアの為に多大な援助をし、更には、キュウカを自らの娘婿に迎えようとまで望みました。
リアとキュウカ自身の辞退により、婿入りの話が叶わなかった後も、コウショウは、キュウカの事を実の子の如く慈しみ、キュウカも又、彼を実の父親に対するが如く敬いました。

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